はじめに
皆さん今日は、珠下なぎです。
7月(多分)発売のたまなぎの新作『大江山恋絵巻~人の巻~』の最終準備が大詰めのため、ちょっと、いやだいぶ? ブログの更新が遅れがちなたまなぎでございます。
7月発売の新刊についての記事はこちら↓
さてさて、本日も新作にちなんでのお話が続きます。今回も新作のネタバレというほどのネタバレはありませんので、安心してお読み下さい。
三上ヶ獄の鬼
さて、前回は聖徳太子の時代、聖徳太子の異母弟・麻呂子親王に退治された、三上ヶ獄の三匹の鬼についてお話しました。
この鬼たちの名前ですが、前回の記事では英胡・軽足・土熊とご紹介しました。しかし、この伝説を記した最古の文書・清園寺の『当山略縁起』では、奠胡(てんこ)・迦楼夜叉(かるやしゃ)・槌熊(つちぐま)と記録されています。作家の加門七海先生は、「こちらが本来の名前だったと推測されている」と書かれています。
ところで、この三名の名前ですが、それぞれに意味があり、鬼のルーツに深く関わっているのです。本日はこれらについてお話いたします。
三上ヶ獄の鬼たちの名の意味
英胡(奠胡)
この鬼は先にも述べたように、清園寺の『当山略縁起』では奠胡(てんこ)と記されています。また、他の資料には鱏胡(えいこ)と記されているものもあるそうです。「胡」の字は、中国で北方の異民族・匈奴=北狄を意味します。『鬼の大図鑑』では、
麻呂子親王は当時征新羅大将軍であり、『斎明神縁起』では斎宮大明神は「北狄守護神」としていることからも、英胡は異民族であったと想像できる。
としています。
ここで、日本で一番古い鬼の記録が異国人を指していたことを思い出された方はおられるでしょうか?日本で一番古い鬼の記録は、『日本書紀』の欽明天皇5年(544年)の記事です。
佐渡に棲みついた粛慎人(みつはせじん)を人々が鬼と呼んで忌み嫌った、と記されています。粛慎人とは、満州もしくは蝦夷、北方の異国を指します。鬼のルーツの一つ、異民族を示した名前であるといえましょう。
軽足(迦楼夜叉)
迦楼夜叉、こちらはまた打って変わって典雅な名です。「迦楼」は「迦楼羅」を連想させます。迦楼羅は仏教の想像上の鳥で八部衆の一つ。東南アジア神話のガルーダがルーツと言われています。ガルーダは鬼子母神の手下で有翼の鬼神。これが仏教に取り入れられて天部となったのです。
一方、夜叉は凶悪なインドの鬼神。これらが合わさったイメージですね。
ところで迦楼羅・ガルーダといえば、これは日本でも有名な、とある想像上の生き物のルーツになっているのです。
それは、天狗。天狗のイメージが固まったのは平安時代以降ですが、天狗のイメージの一つに迦楼羅が取り入れられたことが分かっています。
天狗の成り立ちについてはこちら↓
天狗といえば、山伏の装束を思い浮かべる方も多いでしょう。山伏と言えば、修験道。修験道の祖と言えば、役小角。彼は前鬼・後鬼という鬼を従えていたと言われます。
一方、山伏は山を修行の場としていますが、彼らの目的は修行だけでなく、金属採掘にあったとも言われています。金属の技術→製鉄→産鉄民族といえば、これまた大事な鬼のルーツの一つです。産鉄民族と鬼についてはこちら↓
槌熊(土熊)
そして最後に槌熊。これは言うまでもなく、土蜘蛛でしょう。土蜘蛛といえば、古代に朝廷に従わずに滅ぼされた異民族の総称。
土蜘蛛伝説は全国にあります。わが福岡県にも、神功皇后に滅ぼされた田油津媛のお話が残っていますね。聖徳太子の時代よりもさらに前、大江山に住んでいた最初の鬼も、陸耳御笠(くがみみのみかさ)も土蜘蛛でした。ひょっとしたら土熊は、陸耳御笠の直系の子孫だったのかもしれません。
そして、土蜘蛛=まつろわぬ民は、これまた鬼のルーツの一つ。この名にも鬼のルーツが隠されているのです。
三上ヶ獄の鬼の名は、鬼のルーツを示すものだった!
こうしてみればお分かりでしょう。
三上ヶ獄の鬼の名は、それぞれ、
英胡(奠胡)=異国人
軽足(迦楼夜叉)=産鉄民族・修験者
土蜘蛛=まつろわぬ民
と、それぞれ別々の鬼のルーツを示しているのです。異なったルーツを持つ鬼の大集合ですね。非常に興味深いです。
さいごに
日本の鬼の代表格・酒呑童子が棲んだ大江山。そこに住んでいた、いわば酒呑童子の先輩ともいうべき鬼たちが、それぞれ異なった鬼のルーツをその名に隠していたことは、大変興味深いですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついでに、7月発売のたまなぎの新刊・『大江山恋絵巻~人の巻~』を、どうぞよろしくお願い致します!
(参考文献:加門七海『加門七海の鬼神伝説』2020、朝日新聞出版,八木透監修『日本の鬼図鑑』2021、青幻舎)