オリジナル小説 『大江山恋絵巻』 作品解説&エピソード

酒呑童子以前の大江山の鬼たち①

はじめに

皆さん今日は、珠下なぎです。

三度、お久しぶりです(笑)。

7月(多分)発売のたまなぎの新作『大江山恋絵巻~人の巻~』の最終準備が大詰めのため、ちょっと、いやだいぶ? ブログの更新が遅れております。

 

7月発売の新刊についての記事はこちら↓

さてさて、本日も新作にちなんでのお話が続きます。今回は新作のネタバレというほどのネタバレはありませんので、安心してお読み下さい。

 

最古の鬼、陸耳御笠(くがみみのみかさ)

大江山の鬼と言えば酒呑童子が有名ですが、実は酒呑童子の時代よりもはるか昔から、大江山には鬼伝説がありました。

 

大江山に残る最古の鬼の記録は、『古事記』の次のような記録です。これは、第10代崇神天皇の時代の記録です。

日子坐王(ひこいますおう)をば丹波の国に遣はして、陸耳御笠を殺さしめたまひき。

 

日子坐王とは、四道将軍(しどうしょうぐん)―古代においていわゆるまつろわぬ民を武力で従わせる役目を負った将軍の一人です。

 

『丹後国風土記残缼(たんごのくにふどきざんけつ)』という書物には、さらに詳細な記録が残されています。もっとも、この書物は偽書の疑いも強いとされているそうですので、あくまで参考程度というお話です。

 

さて、厳密にいえば、陸耳御笠は「鬼」ではなく、「土蜘蛛」と記されています。

しかし、古代においては「土蜘蛛」は朝廷に従わぬ土地の人間を指しました。九州にも、神功皇后が土蜘蛛の田油津媛(たぶらづひめ)を討った話が書紀に記されています。

鬼も土蜘蛛と同じく、朝廷にまつろわぬ民。

ということで、陸耳御笠は、大江山に住む最古の鬼として紹介されることが多いのです。

 

陸耳御笠伝説のあらすじ

『丹後国風土記残缼』に記されている陸耳御笠のあらすじは次のようなものです。

大江山連峰の南を流れる由良川の下流域に、陸耳御笠という土蜘蛛がいて、人民を損なっていた。日子坐王は青葉山で陸耳御笠を追い落とし、陸耳御笠の味方となった匹女(ひきめ)たちを追い、血原(ちはら)で匹女を殺した。

その時、陸耳御笠は降伏しようとしたが、川の下流から日本得玉命(やまとえたまのみこと)が迫って来たのを知って、川を越えて逃れた。日子坐王ら官軍はイナゴの大軍が飛ぶごとく大量の矢を放ち、土蜘蛛たちの多くは矢に当たって死んだが、陸耳御笠と残りの土蜘蛛の行方は分からず、日子坐王が石礫で占ったところ、陸耳御笠が与佐の大山(大江山の古い名)に逃れたことを知った。

うーむ。「血原」という地名から、この地で大量の虐殺が行われたことが連想されますね。「人民を損なっていた」というのも、朝廷軍が従わない人々を討伐する時の常套句です。

 

 

陸耳御笠とは何者だったのか

この、陸耳御笠について民俗学者の谷川健一氏は著書『青銅の神の足跡』で、「日本海沿岸には出雲の八耳(やつみみ)や、但馬の太耳(ふとみみ)など、ミミのつく人物が登場している。彼らは大きな耳輪を付ける風習を持っていた海人族で、この地方へ農耕や金属器を伝えた渡来人たっだのではないか……」という仮説を述べているそうです。

金属器の扱いに長けた人々だったとすると、陸耳御笠が最後に大江山に逃げ込んだのも分かります。また後日述べますが、鬼と金属は切っても切れない関係にあり、大江山は金属の鉱脈が豊富なことで知られています。大江山は金属採掘を行っていただろう陸耳御笠にとって、慣れ親しんだ場所だったのではないでしょうか。

 

また、鬼文学・鬼研究で有名な作家の加門七海氏は、『加門七海の鬼神伝説』の中で、陸耳御笠が身内以外の匹女という援軍を得ていたこと、官軍が大量の矢を使ったこと、官軍も援軍を必要としていたことに注目され、「陸耳御笠軍と呼んでもいいほどの大集団だったのではないか」と書かれています。

陸耳御笠とその支配下にあった人々は、高い技術を持った、土地の一大勢力。そんな像が浮かんできます。

 

鬼の系譜 

『古事記』では殺されたことになっている陸耳御笠が、『丹後国風土記残缼』では、生きて大江山に逃れたことも注目すべきでしょう。つまり、鬼の系譜はここで絶えずに大江山にひっそりと受け継がれた。

そして、酒呑童子の出現に至るまでに、この地には鬼の系譜が脈々と受け継がれていくのです。

 

さいごに

酒呑童子よりはるか古い時代に大江山に住んだ鬼の伝説、いかがでしたでしょうか?

ここから酒呑童子伝説にいたるまでには、もう一つの鬼伝説を間にはさみます。これについては次回ご紹介したいと思います。

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

 

(参考文献:加門七海『加門七海の鬼神伝説』2020、朝日新聞出版,八木透監修『日本の鬼図鑑』2021、青幻舎)

 

 

 

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