『大江山恋絵巻~人の巻~』試し読みページ

『大江山恋絵巻~人の巻~』 目次

主な登場人物 4

序章 美しき鬼の襲撃 5
第一章 鬼が城へ 13
第二章 酒呑童子(しゅてんどうじ) 25
第三章 大江山の茜(あかね) 45
第四章 第三の姫 69
第五章 通り雨 91
第六章 鬼の岩屋 105
第七章 虹と初恋 121
第八章 鬼たちの恋 139
第九章 姫たちの悲しみ 155
第十章 災いの始まり 169
第十一章 招かれざる客 181
第十二章 鬼が城炎上 209
終章 人ならぬ身となろうとも 241

あとがき 246

著者紹介・関連サイト 249

 

主な登場人物

池田中納言の姫(茜(あかね)) …… 主人公。五歳で実母を亡くし、父とその妻に育てられる。
酒呑童子(しゅてんどうじ) ………… 大江山・鬼が城の主。都では人食い鬼と恐(おそ)れられている。
茨木童子(いばらきどうじ) ………… 酒呑童子配下の鬼。美しく近寄りがたい雰囲気の持ち主。
浅茅(あさじ) …… もと貴族の姫で、大江山に暮らしている。明るく気取らない性格。
紅葉(もみじ) ………… 大江山に暮らす、もと貴族の姫。謎の多い美貌の姫。琴の名手。
金熊童子(かねくまどうじ) ………… 大江山に暮らす民の一人。製鉄の技術に長けた一族の末裔(まつえい)。
石熊童子(いしくまどうじ)・星熊童子(ほしくまどうじ) …… 大江山に暮らす民で、城の警護役。
源頼光(みなもとのよりみつ) …………… 都の武士。妖怪退治の実績で帝の信頼を得ている。
渡辺綱(わたなべのつな)…………… 源頼光の家来で四天王の一人。

 

序章 美しき鬼の襲撃

一条帝(いちじょうてい)(在位九八六~一〇一一年)の御代、京の都。
じっと部屋に座っていると、吸った息の冷たさが胸に突き刺さるような、春とは名ばかりのある朝のことだった。
「さあ、綺麗に出来上がりましたよ。これならきっとも喜んで下さるでしょう」
継母は入内(じゅだい)のために着飾ったわたしを頭のてっぺんから足の先まで点検すると、満足そうに微笑んだ。
「は、はい……。ありがとう……ございます」
わたしはぎこちなく頬を動かして、微笑みを作った。言葉は、返事をするのがやっとだった。わたしの顔が強張(こわば)っていたのは、寒さのせいばかりではない。
わたしは五歳の時に実の母を亡くし、父の池田中納言と、その正妻である継母に引き取られた。
家柄はさほどでもないが裕福だった父は、継母と共に財に任せて、わたしをどうにかして入内(帝の妻の一人になること)させようと教育に熱を入れた。ところが、貴族の教養である、和歌といい漢詩といい、琵琶といい琴といい、わたしはどれにも格別な才を発揮できなかった。
おまけに、わたしには、緊張すると言葉がうまく出てこなくなるという、致命的な欠点があった。
言いたいことの言葉の始めを、何度も繰り返してしまうだけで、何も相手に伝えることができない。たとえば、ほんの簡単なこと、「その筆を取って」と女房に頼むだけでも、「そ、そ、……」と最初の文字が出て来るだけで、一向に次の言葉が出てこないのだ。
最初のうち、父の屋敷に引き取られたばかりのころは、軽い言葉の詰まり程度だった。
しかし、皆が直そうとすればするほど、それはますますひどくなった。わたし自身もなぜだかさっぱり分からなかった。決しておしゃべりな子どもではなかったけれど、母と山寺で暮らしていたころは、そんなことはなかったのに。わたし自身も焦れば焦るほど、周りがやっきになって直そうとすればするほどひどくなるそれに、父にも継母にも、次第に諦めの色が濃くなってきた。
「まあよい。少しくらい内気な方が可愛らしくてよかろう」
父はそう笑い飛ばし、継母も大らかにうなずいた。
「そのとおりですわ。歌のやり取りなどは才ある女房に任せればよいのですもの」
それから本当に、次から次へと和歌や漢詩に通じた女房たちが雇(やと)い入れられた。彼女たちはみな才能豊かで自信にあふれており、まるで蹴鞠(けまり)の遊戯のように、教養をちりばめた、軽妙な言葉のやり取りを楽しんでいた。
それをそばで聞いているのは面白かったけれど、自分にはとてもそんな才能がないことが分かると、わたしはさらに萎縮してしまい、ますます話すべき言葉を失うのだった。
そんなわたしだったから、十三歳になるまで、本当に入内が実現するなどとは思わず、入内の話は半ば他人事のように考えていたのだった。まして、父は中納言で、後宮(こうきゅう)(帝の妻たちが暮らす場所)に娘を入れられるほど身分が高いわけではないから。
しかし、ちょうどこの時期、わたしの入内をもくろむ父にとってまたとない幸運が舞い降りたのだった。
昨年、帝の正妻であり、前(さき)の関白を父に持つ中宮(ちゅうぐう)さまが、ご兄弟の不祥事に伴う政変の影響で出家されてしまったのだ。有力貴族たちが、娘を入内させるには絶好の機会となった。父もこの機会を見逃さず、左右の大臣や大納言たちに多額の財を積み、わたしの入内を可能にした。
「本当に、あなたがわたしの実の娘だったら良かったのに」
継母は、わたしの襟を白くたおやかな指で直してくれながら、ため息をついた。
「こんなに美しく育ってくれたのに……。わたしの実の娘だったら、きっと後宮でも、他の誰にも引けを取らぬでしょうに」
優れた生まれは後宮での武器のひとつ。遠くではあるが帝との血のつながりのある上級貴族の継母の実子だったら、もっと後宮でも大手を振って歩けるのにと継母は言いたいのだ。
わたしはあいまいな微笑みを返し、うつむいて顔色を隠した。
お母さまの本当の娘ならよかった、とは言えなかった。でも、身分のことで実の母のことを悪く言われるのはいやです、とも言えないわたしだった。
継母はわたしに十分優しかったし、色々なことを教えてくれた。それも全て、わたしを入内させるにふさわしい娘に育てるためだったけれど。
「とにかく、無事に入内が決まって良かったこと。貴族の姫に生まれたからには、これ以上の幸せはありませんからね。後宮でもよく励むのですよ」
継母の言葉は、年頃の娘を持つ、貴族の女性としてはごくごく当たり前のことだったけれど、まるで刃物のように、わたしの心を切り裂(さ)いた。入内の日が近づくにつれて増してゆく、喉の奥に何かがつかえ、息がうまくできないような苦しさを、わたしはじっとこらえていたのだった。
一見華やかな後宮の生活の裏側にあるのは、自分の娘や姉妹を使って帝の御子(みこ)を産ませ、帝と親戚関係になることで権力を握りたいという貴族の男たちの、激しい争いなのだ。
後宮にはわたしなどよりずっと身分が高く、音楽の才や文才に秀でた姫たちが沢山おられるのに。そんな中で、わたしなんかが、どうやって帝のご寵愛を勝ち取っていったらいいというんだろう。
けれどそんな本音など、言えるはずもなかった。わたしは父と継母が財と力を注ぎ込んで作った、帝に献上するための人形であり、権力を握るための道具なのだから。
目の端に、父が入内のために用意した贅沢(ぜいたく)な調度品の数々が映った。螺鈿(らでん)の手箱(てばこ)、唐(から)から取り寄せた香料、鏡やくし、そして色とりどりの着物。
そう、これらの調度品もわたしも、同じものなのだ。
父も継母も女房たちも、わたしには優しかった。けれどわたしはいつも————そう、水のような透明な被膜の中にいて、その外側から話しかけられているような————こころもとなさと寂しさを味わっていた。
あの、透明な被膜は、いつからわたしを閉じ込めていたのだろう。
最後に直接、誰かの声を聞いたと思ったのは、一体いつのことだっただろうか。
そんなことを考えていた時だった。
突然あたりが暗くなった。空を見上げると、一面を灰色の雲が覆い、日輪の姿はその厚い雲の向こうに、かき消されるように消えていた。
奇妙に生暖かい風が、頬に触れた。と思うと、突然天の底が抜けたかのような大粒の雨が、激しい音を立てて降り注ぎ始めた。
庭にしつらえられた池にも、降り注ぐ雨粒(あまつぶ)で波が立つほどの、すさまじい雨。続いて、野分(のわけ)(台風)のような、庭木をもねじ曲げて暴れる風。風に舞い上がった雨粒が、部屋の中にも容赦なく吹き込んでくる。
「姫さま、はよう奥へ! お風邪を召しては大変にございます!」
女房たちの騒ぐ声も、顔や着物を濡らす雨粒の冷たさも、どこか他人事のように感じながら、わたしが部屋の奥へ追い立てられるように入れられようとした、その時だった。
真っ暗な空を、日輪よりも明るい稲光が切り裂いた。
女房たちも継母も、悲鳴を上げて顔を覆い、わたしも一瞬目をつむった。
次に目を開けた時、目の前に立っていたモノを見て、わたしは我と我が目を疑った。

「酒呑童子(しゅてんどうじ)さまの命で、そなたを迎えに来た」
そう言って微笑む、童子(どうじ)姿(前髪を垂らし、水干(すいかん)を着た、成人前の男性のみなり)の、けれどどうも見ても童子とはいえない年頃の、妖しいまでに美しい青年。
けれどこの世のものではないのは明らか。
その者の目は金色(こんじき)に輝き、その足は床から一尺(約三十センチ)ばかりも空に浮き……、そしてその秀でた白い額には、牛のそれのような角が一本、まっすぐに生えていたのだった。

 

第一章 鬼が城へ

一.茨木童子(いばらきどうじ)

「だ、だ……だ…れ?」
震える声でたずねるのがやっとだった。ただでさえ言葉をうまく紡げないわたしだ。目の前に現れたもののあまりの異様さに、それ以上何を言えたというのだろう。
すると、目の前のものは、ふっとその唇に、憐れむような、蔑むようなわずかな笑みを刻んだ。背筋がぞくりと冷たくなった。
「私の名は茨木童子。酒呑童子さまの命(めい)で、そなたを迎えに来た。今より酒呑童子さまの居城・大江山(おおえやま)の鬼が城までご案内申そう」
茨木童子はまるで帝の使いでもあるように慇懃に、けれど有無を言わせぬ口調でそう告げた。
ひっとすぐそばで悲鳴が上がる。女房たちも継母も、ことごとく見事に腰を抜かし、恐怖に目を見開いて、目の前に現れた異形(いぎょう)のものから、目を離せずにいるだけだった。
誰かが奥に逃げようとして、樋箱(ひばこ)(室内便器)をひっくり返したらしい。部屋の奥から、鼻をつく腐臭が部屋に立ち込め始めた。
酒呑童子。それは今、都を荒らし、人をさらって食うと悪名高き、鬼の首領の名だった。
そして大江山の鬼が城といえば、酒呑童子をはじめとする鬼たちの根城。
ということは、この妖しく美しいモノは、大江山の人食い鬼……!
信じられなかった。
人食い鬼が本当にいたなんて。ましてそれがわたしのところにやってくるなんて。
都で鬼が人をかどわかすといううわさは聞いていた。昨年、貴族たちの中でも、わたしより二つばかり年長の、堀河中納言のところに引き取られたばかりの姫がさらわれたという。けれど、単なる人さらいのたぐいだと思っていた。
あまりにも信じられないものが目の前に現れると、人間は、何も考えられなくなるものなのだろうか。
腰を抜かしこそしなかったものの、わたしも皆のことを笑えなかった。
石の人形のように身動きすら取れず、目の前の、この世のものとは思えないほど美しい、けれど恐ろしい人食い鬼をただただ見つめ返すことしかできなかった。
「酒呑童子さまの代わりに、約束を果たしに来た。そういえば分かると言われたのだが」
「な、な、な……?」
鬼が何を言っているのか分からなかった。鬼になんて会ったことはない。まして約束、なんて交わした覚えはない。
なんのこと?
「お、鬼と約束ですって……?」
わたしの横で、腰を抜かしたまま、継母が悲鳴のような甲高い声を上げた。
わたしがあわてて助け起こそうとすると、継母は恐ろしいものでも見るような顔をして、わたしを見つめ返した。
「あなた、いつの間に、そんな恐ろしいことを……?」
わたしはあわてて首を横に振り、言い繕おうとした。
「し、し、しらな……」
知らない、と言いたかった。けれど例によって言葉が出ない。もどかしい。わたしはただただ、必死で首を横に振るだけだった。
「覚えておらぬなら仕方ない、失礼」
茨木童子は、空を蹴って飛び上がった。身にまとった白い水干(すいかん)の袖が、ひらりと風に舞う。茨木童子は、その左腕に軽々とわたしを抱え上げると、さらに高く飛んだ。
大した力も入れているように見えないのに、茨木童子が右腕の拳で軽く天井をたたくと、天井はばらばらと崩れ去り、屋根に大きな穴が開く。
外は雨交じりの風が吹き荒れ、稲光が空を縦横無尽に駆けめぐっていた。時々すさまじい音を立てて雷鳴がとどろく。そのたびに、京の町のあちこちで、小さな灯りのような火の手が上がる。
茨木童子はそれをものともせず、さらに高く、高く、天高く舞い上がった。
慣れ親しんだ父の邸が、どんどん小さくなり、都の街並みの中に消えていく。さらに都さえも、それを囲む山々の中に埋もれてしまった。そして、地上の様子はいつの間にか足元に広がった雲の下に、すっかり隠されてしまった。

寒い。
地上もまだ肌寒い季節だけど、空の上の寒さは真冬と思うほどだった。
吐く息が白く凍り、全身の震えが止まらない。
震えが止まらないのは、今頃になって怖さが出てきたからかもしれなかった。
すると、それに気づいたのかどうか、茨木童子が鬼とは思えないほど優しい仕草で、着ている水干の袖でわたしの体を包んだのだった。
身を切り刻むような冷たい風から守られて、ほんの少し、寒さが和らいだ。
恐る恐る茨木童子の顔を見上げたが、茨木童子の顔はわたしの方を向いていなかった。
その端正な顔ははるか都の向こう、雲を貫いて高くそびえたつ山々へと向けられていた。
「急ぐぞ。落ちて死にたくなければ、しっかりつかまれ」
返事をする暇もなかった。
茨木童子は、水干の袖で包んだわたしを胸の中にしっかりと抱き直すと、口を開けば舌を噛みそうなすさまじい速さで、鳥のように空を切って飛び始めた。
一路、大江山へ。酒呑童子という名の鬼が待つ、人食い鬼の根城へ。

 

二.あやかしどもの夜

どれほどの時が経っただろうか。
気が付くとわたしは、暗い部屋の中に、暖かい上着を着せられて、寝かされていた。
今は何時(なんどき)だろう。日はとっくに沈んだようだが、月明かりか星明りか、どこからか差し込んでくるわずかな灯りのおかげで、自分の周りはぼんやりと見える。
わたしが寝かされているのは板張りの床だった。自分の着物の上に着せられていた上着は、何か分からないが獣の毛皮のようで、暖かかったが少し生臭かった。
枕元には水の入った桶と柄杓(ひしゃく)が置かれていて、部屋の奥には樋箱(ひばこ)(室内便器)が用意されていたが、ほとんど使用された形跡がなく、こちらは何の臭いもしなかった。
毛皮の生臭さが気になったが、それを脱ぎ捨てると、とたんに冷たい夜気(やき)が衣の下から忍び込んで肌を刺す。仕方なく毛皮にくるまり、わたしは起き上がってあたりを見渡した。
部屋は三方を壁に囲まれていた。残りの一方からかすかな風が吹き込んでくる。淡灯りが差し込んでくるのもその方向だった。
そちらへ目を凝らして、わたしは一瞬息を呑んだ。
差し込んでくるのは、星明りでも月明かりでもなかった。
壁でない方の一方は庭のようで、開けた空間になっている。そこで、闇の中、わたしがいる部屋からどれほど離れているのかは分からないが、七、八間(けん)ほどだろうか。何か、固いもので囲われた中で、炎が燃えているのだ。
それと分かったのは、上の方が開いていて、そこから立ち上る炎が見えるからだ。炎で燃えないということは、周りを囲っているのは石だろうか。
そして、炎の周りには、いくつかの影がうごめいていた。何をしているのだろう、腰を屈め、動くたびに、地面のあたりから何かがきしむような音がする。大きさからいって、あれは……人?
わたしはとっさに毛皮をはねのけ、庭の方へといざり寄った。
わたしと同じように捕らえられた人なら、助けてくれるのかもしれないと思ったのだった。
けれど、わたしの行く手は、無残に阻まれた。庭に向かって開いていると思った場所は、木ではない、固くて冷たいもので作られた格子にきっちりと囲まれ、出入りすることはかなわなかったのだ。
銀色に光るそれは、木などよりずっと細く、最初はあることさえ気づかないほどだったのに、固く、冷たく、わたしの力などではびくともしなかった。
隙間に顔を押し当て、わたしは目を凝らした。うつむいていて顔は見えないが、炎の周りでうごめいているのは、間違いなく人だった。わたしは、それに向かって大声で叫ぼうとした。
その瞬間。わたしはとっさに声を飲み込んだ。喉の奥が乾いた音を立てる。間髪を入れず、壁際に身を寄せる。毛皮を脱いでしまったことによる寒さだけではない。全身がガタガタと震えだした。
わたしが閉じ込められている部屋は、格子の外に濡れ縁がなく、地面がすぐにのぞき込める。そこに、闇を透かして、白く光るものがいくつも散らばって浮かび上がっていたからだ。
白く、固く、両端が節ばったもの。三日月形をしたもの。あれは見たことがある。幼かったけれど、わたしは実母が死んだ時、火葬に立ち会ったから。あれは間違いない。……骨だ。
その時になってわたしは、今さらながらに思い出した。
わたしをさらったのは、人食い鬼として名高い酒呑童子の手下・茨木童子だということを。
ここに連れてこられた以上、遅かれ早かれ、わたしは鬼に食い殺される運命にあるということを。
いやだ。こんなものは見たくない。わたしはぎゅっと目をつぶって、身を固くし、壁に背を押し付けた。
動悸がとまらない。胸が破れてしまいそうだ。
恐ろしい出来事は、それだけでは止まらなかった。
格子のすぐ外に、誰かが近寄ってくる足音がしたのだ。
いつからそこにいたのかは分からない。建物の陰、わたしからは見えないあたりから現れたようだったから。どうやらこの部屋は、建物の端にあるようだった。
わたしはさらにぎゅっと目をつぶった。もし現れたのが人食い鬼なら、その姿を見る勇気など、わたしにはとてもなかった。
お願い……、早く行って! わたしの願いも虚しく、足音はわたしの部屋の前で止まった。地を這うような、低い囁き声が聞こえてきた。
「茨木童子さまが都からさらってきた姫というのは、これか」
「ああ。眠っているようだな。思ったより若い」
別の声が聞こえる。相手は二人のようだ。わたしは壁に体を預けて目をつぶっていたから、眠っているように見えたのだろう。
茨木童子さま、と呼ぶなら、茨木童子の主らしい酒呑童子ではないのだろう。でも、鬼たちの仲間には違いないようだ。
「酒呑童子さまはどうされるおつもりだ?」
「どうもこうもないだろう。今までと同じだ。明日になったら、酒呑童子さまがどう料理するかお決めになるさ」

 

試し読みはここまでです。最後までお読み下さり、ありがとうございました!

ご購入(電子書籍版)はこちら

ご購入(紙書籍版)はこちら

 

 

 

 

© 2024 たまなぎブログ by LTA出版事業部