目次
はじめに
皆さん今日は、たまなぎこと珠下(たまもと)なぎです。
今日も来て下さって、ありがとうございます!
またまたベルばらネタです。
先日、X(旧Twitter)で『ベルサイユのばら』のアンドレの失明の原因について医学的見地から考察した投稿をしたら、ものすごい数のいいねを頂きました。
(バズった投稿の引用投稿でなく、単独投稿では過去最高かもしれない)
ベルばらには、様々な病気が登場します。
最終的にオスカルと結ばれるアンドレは、片目の外傷後に両目を失明(残った片目の失明は病気です。後程解説します)。
アントワネットの長男、王太子ジョゼフは、脊椎カリエスで落命。
そして、オスカルも革命前夜、何度も血を吐いています。
X(旧Twitter)では字数制限があり十分書けなかったところを、しっかり考察したいと思います。
アンドレを失明させた「交感性眼炎」
原因と治療
アンドレは、黒い騎士ベルナールと争い、片目を負傷します。その後、その目は失明してしまいますが、数年後、怪我をしていなかった方の目にも異常を感じるようになり、革命の直前にはほとんど見えなくなってしまいます。
これは、「交感性眼炎」という病気です。
片目に外傷や手術などで炎症が起こった場合、数か月~数年後に負傷していない側の目にも炎症が起こってしまい、そちらの目も視力障害を起こす病気です。最悪失明することもあります。
これは、外傷をきっかけに、免疫反応が引き起こされることで起こると言われています。
ですので、現代では、起こった場合は、免疫を抑制するためにステロイドなどが用いられます。
また、原因となるような外傷が生じた時、この病気を防ぐために前もって怪我をした方の目を摘出する手術が行われることもあります。
たまなぎはベルばらを初めて読んだのは中学生の時だったのですが、大学に入って眼科の講義でこの疾患を習った時、「アンドレの目はこれだったのか!」と興奮したのを覚えています。
医者に見せていたら治癒したのか?
これについてのX(旧Twitter)での投稿はかなり拡散して頂いたので、引用投稿にまでお返事はしきれなかったのですが、「炎症なら医者に見せたら治ったのでは……」と言われている投稿を散見しました。
原作では、アンドレの目が見えなくなっていることに気づいたばあや(アンドレの祖母)が、「オスカル様に言ってはだめだよ。だんなさまのことだから、きっとお医者様を……。私達はそんなご迷惑までおかけしてはいけないんだよ」とアンドレを諭すシーンがあります。
もちろん、ばあやはアンドレが可愛くないわけではありません。孫のアンドレは可愛くて仕方がないけれど、雇い主であるジャルジェ将軍やオスカルが、ばあや一家を自分の家族のように大事にし、特別扱いをしてもらっていることをずっと申し訳なく思っていたからこそ出た言葉です。
このシーンの後、一人になったばあやは、アンドレの名を呼びながら泣きじゃくります。
ばあや・アンドレと、オスカル一家の間に横たわる、身分の壁。それを痛々しいほど感じさせられるシーンでした。
しかし、ここでオスカルがアンドレを医者に見せていたらアンドレの目が失明からまぬかれたか、ということ、その可能性は低いと思います。
当時の医学では、交感性眼炎のメカニズムなど分からなかったでしょうし、ステロイドもない当時では、治療方法もなかったでしょうから……。
幼き王太子の命を奪った、脊椎カリエス
脊椎カリエスについて
脊椎カリエスと言っても、今の若い方にはピンとこないかと思います。
しかし、「結核」といえばほとんどの方がご存じでしょう。
結核菌という細菌が感染することにより起こる病気で、抗結核薬による標準治療が確立される20世紀半ば以前は、多くの人が命を落としました。
脊椎カリエスは、体内で増えた結核菌が背骨に感染する病気で、背骨の変形や骨折、神経障害など様々な症状を引き起こします。
結核に対する治療薬がない18世紀では当然治療薬はなく、ジョゼフは三部会の最中に、わずか7歳と8か月の、短い命を散らします。
しかし、その後王室を襲った過酷な運命を考えると、愛する両親に看取られて穏やかな最期を迎えられたのは、せめてもの幸せだったのかもしれません。
オスカルへのキスがもたらしたものは……
王太子ジョゼフは、オスカルに淡い想いを寄せていました(オスカル、ジョセフにとっては母親のアントワネットと同い年なんですが……)。
死期が近づいた彼はオスカルに馬に乗せて欲しいと頼み、母のアントワネットは息子の最期の願いをかなえてあげたいと願います。
二人になった時、王太子はオスカルに自分の想いを告白し、キスをします。
死期の近い王太子からの最期の告白。
この先は解釈が別れるのですが、思いもよらぬ運命をオスカルにもたらした、という見方もできます。
次項で詳しく解説します。
オスカルの病気は何だったのか?
血を吐く描写から最も考えられる病名
原作のオスカルには、革命直前、何度か血を吐く描写があります。
ちょっと専門的な話をしますと、口から血液が出てきた場合、肺からの出血によるものを「喀血」、胃や食道からの出血を「吐血」と言います。
いわゆる「血液色」の鮮やかな血が出てきた時はおおむね喀血、コーヒーの搾りかすのような黒っぽい血液が出てきた時は胃からの出血のことが多いです。
オスカルの場合は、最初に症状を認めた時、明らかに「血?」と言っています。
また、咳と共に血液が見られることから、肺に障害があることも示唆されます。
肺に病気があり、血を吐く病気には、肺がん、肺結核などがありますが、年齢的に肺がんは考えにくいです。
となると、やはり一番考えられるのは肺結核ではないでしょうか。一度に大量の喀血ではなく、少量の喀血を何度も繰り返している点も一致します。
アルコールとの関連は?
それに先立って、オスカルはストレスからアル中気味になっており、酒の影響ではないか、という意見も散見されます。
確かに、飲酒によって血を吐く事態になることもあります。
一つは、マロリーワイズ症候群。飲酒後(とは限りませんが)、激しい嘔吐をくり返すことにより、食道が裂け、大量の鮮血を吐く病気です。しかし、オスカルは嘔吐もなく、少量の喀血をくり返していて、あまり合致しそうにありません。
もう一つは、食道静脈瘤破裂による出血。大量の飲酒を長期にわたって繰り返すと、肝硬変を生じ、その影響で食道に静脈瘤が出来ることがあります。それが破裂すると、大出血を起こします。これは命に関わる事態で、当時の医療技術でしたら、助けるすべはありません。
破裂の予兆として、少量の吐血をくり返すこともありますが、食道静脈瘤が形成されるのは、肝硬変がかなり進んでから。肝硬変は、「肝機能障害の成れの果て」ですから、少なくとも数年単位で進行する病気です。革命前のわずか数か月酒に溺れたからといって、肝硬変にまでなるとは考えにくい。
それに、食道静脈瘤を形成するほど肝硬変が進行していたら、とても軍人の仕事など勤められません。
体はむくみ、黄疸も出て、体を動かすのもきつくなります。
ただ、オスカルの深酒が、最後の病態と全く関係ないかというと、そうとも言いきれません。
結核菌は、コロナウイルスやインフルエンザなどと違って、慢性の感染症です。
結核菌は感染すると、肺の奥でじっと潜んでいます。宿主が健康なら免疫の力で抑え込むことができます。
ところが、宿主の体が弱っていると、結核菌が勢いづき、発症するのです。若い頃に感染し、高齢になって弱ってきてから発症する、という例もたまに見かけます。
血を吐いたころのオスカルは、革命前夜、予断を許さない政情の中で、過労とすさまじいストレスにさらされていました。
ひょっとしたら、ジョゼフ王太子からのキスで感染し、深酒や疲労、ストレスが重なって発症したのかもしれません。
ジョゼフ王太子にしてみたら、短い生涯でただ一人愛した人が、自分からのキスで自分と同じ病になるなどとは想像もできなかったでしょうね。切ないです。
昭和アニメ版と原作、劇場版との違い
以上の考察は、たまなぎが原作を読み、オスカルの症状や経過から、現代医学の視点で考察したものです。
原作には、病名ははっきりとは書いてありません。しかし、現代の医学に照らしてみると、結核であった可能性が一番高いと言える、ということです。
ただ、原作者の池田理代子先生が、以前インタビューで「膵臓の病」とおっしゃっていた、という情報(確認できず)もあり、池田先生がどういう設定で考えておられたかは不明です。
「オスカルは革命前後に死ぬ予定で、戦闘で死なない展開にした場合も、読者が納得するように病気の設定を作った」というインタビュー記事の貼り付けも見ました(こちらも原本は確認できず)。
池田先生にとっては、「オスカルが死病に取り憑かれていた」という設定のために血を吐く描写を描かれただけかもしれません。このあたりは想像の域を出ませんが……
膵臓の病気では吐血はしませんし、肝臓の病気設定だったとしても作中の描写とは合いません。ただ、インターネットもない時代に描かれた作品に、医学厳密さまで求めるのは野暮というものなのかもしれませんし、医学的厳密性を欠いたからといって、作品の魅力は何ら損なわれるものではありません。
一方、昭和アニメ版では、自分の症状から病を悟り、ジャルジェ家の主治医・ラソンヌ医師に診断を仰ぎ、はっきりと「結核」と診断されます。
これはおそらく、原作を読んだ制作陣が医学的に考えて一番妥当な病名として「結核」と設定したのでしょう。特に昭和アニメ版は、「オスカルの悲劇性」を描くことに力を注いだ節がありますから、オスカル自身が、長くない命だという自覚を持たせるために、病気の描写を膨らませたのではないかと、個人的には解釈しています。
今回の令和劇場版では、病気設定はなくなっています。
これはオスカルが革命で死ぬ運命が決定しているのでいらなくなった、単純に尺が足りなかった、など色々言われていますが、製作陣や池田理代子先生からのはっきりしたコメントは確認できませんでした。
映画版のオスカルは、原作のイメージに近く「自己の真実に従い、悔いなく激動の時代を生き抜いた」一人の人間として描かれています。ですから、悲劇性を強調する病気設定は不要、むしろなくてよかったとさえ思えます。
まとめ
・アンドレが片目を怪我で失った後、両目とも失明してしまうのは「交感性眼炎」という病気で、当時は治療法はなかった。
・ジョゼフ王太子の命を奪った「脊椎カリエス」は結核菌の感染による病気である。
・原作のオスカルには晩年血を吐く描写がある。原作には病名は書かれていないが、現代の医学に照らして考えると、結核が最も考えられ、ジョゼフから感染したとも解釈できる。
・昭和アニメ版では、オスカルの病気を「結核」と設定しており、令和劇場版では病気設定はなくなっている。
ベルばらについては他にもいくつか記事を書いています。気になった方はご覧下さい!
最後までお読み下さり、ありがとうございました!