歴史 物語

朝倉橘広庭宮と最古のストーカー殺人?『綾の鼓』

はじめに

皆さん今日は、たまなぎこと珠下なぎです。

今日も来て下さって、ありがとうございます!

 

先日、斉明天皇が白村江の戦い前夜に北部九州に築いた朝倉橘広庭宮(あさくらたちばなひろにわのみや)についてX(旧Twitter)に投稿しましたら、この地を舞台に老人の悲恋を扱った、謡曲『綾の鼓』についても取り上げて欲しい、というリクエストを頂きました。

この話についてはたまなぎは「何となくそういう伝説があると聞いたことがある」程度の認識だったので、調べてみました。

すると、斉明天皇がここに宮を置いていた時代に、斉明天皇に仕える女官に恋をした老人の話が伝承として残っており、それをもとにした能楽作品があるということが分かりました。

今回はこのお話について紹介したいと思います。

 

桂の池と綾の鼓

『綾の鼓』と福岡の伝承について検索すると、九州観光機構のホームページに行き当たりました。

ここには、このように記されています。

今からおよそ1,300年前の斉明天皇の時代、朝倉橘広庭宮にまつわる悲恋物語の伝承の地である。現在では、桂川にかかる橋名を「宮殿橋」と言い、その横に桂の池跡ならびに綾の鼓につながる「恋の木」の碑が祀られている。近在の人々は、この所を今でも「恋の木様」と呼んでいる。悲恋物語の主人公、源田・女官が身を投じたと言われる桂の池は美田と化してその所在をしのぶものはなく、ただ「宮殿橋」の名のみが残っている。日本の謡曲中の秘曲と言われる宝生流の「綾の鼓」(室町時代・世阿弥元清作)昭和28年に作られた三島由紀夫作「綾の鼓」(未来劇場脚本シリーズ第6)などはこの物語を基に作られ、広く海外にも紹介され好評を得ている。なお源太の墓と伝えられている墓石が福成神社の西側に残っている。

(引用元;桂の池と綾の鼓|九州への旅行や観光情報は九州旅ネット (welcomekyushu.jp))

 

なるほど、朝倉橘広庭宮に仕えた女官と、源田という男性の悲恋の物語のようです。

これを元に謡曲が作られ、近年では三島由紀夫もこの物語を元に戯曲を書いているということなのですね。

ちなみに、朝倉橘広庭宮は、白村江の戦いの前に、中大兄皇子が百済の救援部隊を引いて筑紫(福岡)に到着した時、中大兄皇子の母である斉明帝のために建てられた宮です。

この時は、兵士だけでなく、ほぼ皇族全てが筑紫に集結し、遷都とも言うべき大移動になりました。ですから、この時、都は筑紫にあったといっても差し支えないでしょう。そんな時代のお話のようです。

では、詳しく見て行きましょう。

 

現地に伝わる悲恋(?)のあらすじ

「福岡県の郷土のものがたり」というページに、伝説が分かりやすく紹介されていました。

以下、こちらのページからの引用です。段落はたまなぎが勝手に区切っています。

(綾の鼓 - 福岡県の郷土のものがたり (seesaawiki.jp))

 

老人、源太の恋

今から約千三百年前、大和朝廷から斉明天皇が新羅との戦いのために朝倉の地に行幸された時のことです。

橘の広庭の宮に、源太という庭掃除の老人がいました。ある日、彼は女御呂木(にょごろぎ)の館(斉明天皇に仕える女性たちが住む館)に使いに行き、そこの美しい女官に年甲斐もなく恋心を抱いてしまったのです。彼女は斉明天皇に仕える橘姫と呼ばれる身分の高い人で、とうてい源太老人の思いがかなうはずがありません。

しかし、恋は盲目とか、思いつめた源太老人は、毎日のように自分の胸の内を手紙に託して橘姫に書き送ったのです。

 

鳴らない鼓の謎

そのうちに、あこがれの橘姫から返事が来ました。源太老人がおどる心で手にした手紙には、次のように書かれていました。

「あなたのお気持はよく分かりました。今夜、桂の池のほとりにある桂の木の枝に鼓を掛けておきますので、それを鳴らしてください。そうすれば、もう一度あなたの前に姿をあらわしましょう」

やがて夜がきました。手紙に書かれていたとおり桂の木の枝には鼓が確かに掛っています。

源太老人は胸をときめかせてその鼓を打ちました。しかし、どうしたことか、いくら打っても鼓は鳴りません。

というのも橘姫が「この恋は成らぬ(鳴らぬ)」との謎をかけて、鼓に綾織の布を張っていたのです。

でも、橘姫に夢中になっている源太老人にはこの謎がわかりません。彼は鳴らぬ鼓にすがって一晩中、必死に鼓を打ち続けたのでした。橘姫の遠回しな断りもあだとなり、姫に見離されてなげき悲しんだ源太老人は、とうとう桂の池に身を投げてしまいました。

 

源太老人、怨霊と化す

その後源太老人の亡霊が、毎夜、橘姫の枕元にあらわれ、「綾の鼓が鳴るものなら、お前が打ってみよ」とのろい続けたので、やがて橘姫も気が狂って桂の池に身を投げてしまったということです。

(引用元;綾の鼓 - 福岡県の郷土のものがたり (seesaawiki.jp))

 

たまなぎの感想~古代のストーカー殺人!?

はっ!? これが悲恋?これがたまなぎの第一の感想。

悲恋というからには、『ロミオとジュリエット』に代表されるように、「互いに想い合っているが何らかの障害があって結ばれず、結果的に身の破滅を~」とうような筋書きを期待しますよね。

せめて相思相愛であってほしいもの。

 

これが悲恋なら、世の中のストーカー殺人全て悲恋でしょう。

橘姫、可哀想すぎる。

 

縮めて言うと、

「ヤバいジジイが一方的に若くて美しい女性に思いを寄せて、しつこく何度も手紙を出して、困った女性が(ストレートに断るとヤバいかも……と思ったのかどうかはわからないけれど)角を立てないように遠回しに断ったにも関わらず、身勝手に脈ありとに捉えてストーカー行為を繰り返した挙句、受け入れられないと悟ると女性を道連れに心中した(先に死んでいますが怨霊になって呪い殺したなら心中と同じ!)」

って話ですよね⁉

いくら昔の話とはいえ、キモすぎです(ガクガクブルブル)。

 

うーん、現代の価値観に当てはめても仕方がありませんが、現代で言えば、

「見ず知らずの若い女性に恋をして、しつこくLINEやメールでデートに誘って、『こいつはストレートに断ると逆上するヤバい奴かも……メンツをつぶさないように丁寧に断らなきゃ……』と女性が気を遣って丁寧に遠回しな断り方をしても、『メールの返事くれた! これは脈あり!』と勝手に解釈して距離を詰めようとし、女性が応えないのにようやく気付くと逆上してナイフで刺して自分も自殺……」

という何か近年のニュースでも聞いたような話になりそうなんですよね。

そしてニュースになったら「気を持たせた女性が悪い!」となぜか被害者が叩かれるまでセットで。

 

いや、別に老人が若い女性に恋をしたっていいんですよ。心は自由ですからね。アプローチするのも、まあ、自由といえば自由。

しかし決定的に興ざめなのは、「断られて逆上、相手を呪い殺す」というくだり。

やっぱりただのストーカー殺人ではありませんか。しかもひょっとしたら日本最古のものかも。

 

うーん、これ、そのままで感動的なストーリーとはいいがたいけど、謡曲の『綾の鼓』の方は感動的に脚色してあるのかしら。

と思ってWikipediaで謡曲の方を調べてみましたが、やはり大筋は変わらないようです(ちなみにこちらは元の作者は不明、世阿弥が脚色しているそうです)。

それどころか、謡曲の方では老人は地獄の鬼の責めもこれほどではないと思うほど姫を責め、鞭で打ち据え、池の水は凍って大紅蓮地獄(酷寒のために亡者の体が裂け、赤い花が咲いたようになる地獄)のようになったとさえ書かれています。こっちの方が老人の恨みの描写がすさまじい。

 

まあでも、激しい恋情が、手に入らないならいっそ殺してしまえという殺意に変わるという話は、古今東西変わらぬテーマなのかもしれませんね。

西洋で言えばオペラ『カルメン』のラストでも、自分を誘惑しながら他の男に気を移した美女カルメンを、ホセが刺殺して終わります。

 

男性→女性に限ったことではなく、本邦でも美しい僧・安珍に恋した清姫が、蛇と化して安珍を鐘ごと焼き殺す話もあります(謡曲『道成寺』歌舞伎『娘道成寺』)。

 

しかし、この『綾の鼓』のお話は、女性が最初から遠回しではあるが拒絶の意志を示しており、男性が身分の低い老人で、最初から手の届くような相手ではないにも関わらず恋情を募らせた挙句に、逆上して女性を殺す、という、この手のお話の中でも際立って後味の悪いお話になっています。女性の落ち度のなさと男性の理不尽な恨みの対比が、他の作品の比ではありませんから。

 

一方、この『綾の鼓』から派生した作品に『恋重荷』という世阿弥作の謡曲があります。

『恋重荷』ではラストが異なり、女性が恨みを残して死んだ男性を弔うことで呪いは解け、男性は女性の守り神となるという、やや救いのあるお話になっています。

 

『綾の鼓』の方が老人の妄執の恐ろしさはすさまじいほどに伝わってきますし、それがこの作品のテーマでもあるのでしょうが、どちらかの作品を好むかは、人によるように思えます。

 

まとめ

・朝倉橘広庭宮には、源太という老人が斉明天皇に仕える女性に叶わぬ恋をし、身投げした後に怨霊になって女性を呪い殺す、という昔話が伝わっている。

・この話を元に謡曲『綾の鼓』が書かれ、『綾の鼓』をもとに世阿弥が『恋重荷』という作品を残している。

・朝倉橘広庭宮は、白村江の戦いの前、斉明天皇のために作られた宮で、福岡県朝倉市にある。

朝倉橘広庭宮についてはこちら↓

 

最後までお読み下さって、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

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