はじめに
皆さん今日は、珠下なぎです。
今日も来て下さって、ありがとうございます。
先月半ばに発売になった『神眠る地をオニはゆく』、読んで下さった方々、ありがとうございます!
少しずつご感想も頂いております。ありがたいことです。
さて、今日から少しずつ、作品の裏話や舞台になった地のご紹介をしたいと思います。
ネタバレはなしでいきますので、未読の方も安心してご覧下さいね。
今回は、新キャラ・海人(うみひと)の紹介です。
1.海人(うみひと)の出身氏族・宗像氏
海人は、上巻の表紙にもなっており、瑠璃子姫・鈴丸に次いで重要な役割を演じるキャラです。
なかなかのイケメンですね。ちなみに、改めて海人の胸元に注目して見て下さい。これは……?(最後まで読んだ方は、「ああ、あのことか」とニヤリとして下さいね)
海人はたまなぎの創作人物ですが、海人の父・祖父は実在の人物です。
祖父は宗像の君徳善(むなかたのきみとくぜん)。
宗像氏というとピンと来なくても、「海の正倉院」「沖ノ島」などのキーワードは聞いたことがある方も多いでしょう。
宗像氏は、今の福岡県宗像市から福津市あたりで隆盛を誇った氏族です。
玄界灘の沖合60㎞ほどのところにある沖ノ島は、神の島とされ、航海安全を祈る祭祀が4世紀後半という古い昔から行われていました。沖ノ島では貴重な宝物が沢山出土し、「海の正倉院」と言われています。世界遺産にも登録されています。
その祭祀を司っていたのが宗像氏です。
海人の祖父・宗像の君徳善は、娘の尼子娘(あまこのいらつめ)を天武帝に嫁がせ、尼子娘は天武帝の長男を生みます。
これが高市皇子(たけちのみこ)です。
高市皇子は、母が皇族出身ではなかったため帝位にはつけませんでしたが、大変優秀な人物だったようで、持統天皇の時代に太政大臣の地位にまで登ります。
高市皇子の外祖父である宗像の君徳善も、天武天皇の時代に朝臣の姓(かばね)を賜ります。
朝臣は、天武天皇の代に作られた八つの姓の内、上から二番目という高い位置にあります。
海人は、その徳善の孫で、高市皇子の従弟。九州の田舎では、かなりのサラブレッドといえます。
ちなみに、徳善の子であり、海人の父でもある赤胡は、宗像氏の系図にのみ名前の見える人物です。この人物から系図がつながっていることから嫡男であることは分かりますが、名前の読み方を始め、詳しいことは分かっていません。物語では「あかこ」と読ませていますが、本当は違う読み方だった可能性もあります。
2.海人の人物紹介
「海人(うみひと)」という名前は、ちょっと庶民の名前みたいですが、これには理由があります。
宗像一族が、古くから海とかかわりの深い氏族だったことが一つ。
もう一つは、天武帝の皇子時代の名前、「大海人皇子(おおあまのおうじ)」から名前の一部をもらったという設定です。
この時代は、皇族の皇子は、その養育を任された氏族の名で呼ばれることが多くありました。大海人皇子も、海洋系民族の元で育てられたので、そのような名がついたと言われています。天武帝が宗像氏の娘である尼子娘の間に最初の男の子を設けたのも、海洋系民族に親和性を感じていたのかもしれませんね。
さて、物語に話を戻します。
『遠の朝廷にオニが舞う』の終章で、瑠璃子の母が話したように、宗像氏から瑠璃子の元に縁談が持ち込まれます。
それが宗像氏の三男である海人です。瑠璃子はこの時代には珍しく一人っ子なので、婿を取って家を継がねばなりません。
けれど、瑠璃子には、鈴丸以外の人との未来を描くことがどうしてもできず……。そんなところから、続編『神眠る地をオニはゆく』は始まります。
心揺れる瑠璃子に、海人は初対面でこう告げます。
「構いませんよ。そのくらいの方が面白い」
「親の決めた縁談(えんだん)に唯々諾々(いいだくだく)と従うだけの姫など、面白くも何ともない。いずれそちらから我を婿(むこ)にと懇願(こんがん)されるのを、楽しみにしておりますよ。近い将来、必ずそうなる」
なかなか強烈な出会いですね。
世間知らずの瑠璃子姫の手に負える相手ではなさそうですが、瑠璃子はこの相手にどう立ち向かっていくのでしょうか?
気になった方は、どうぞ本編をご覧下さい!
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最後までお読み頂き、ありがとうございました!