目次
はじめに
皆さんお久しぶりです。たまなぎこと珠下(たまもと)なぎです。
しばらくブログもX(旧Twitter)もほぼお留守になっていましたが、2026年衆院選を直前にして、ベルばらファンの皆さんの間でも政治に対する議論が白熱しているのを見て、どうしても黙っていられず筆を執りました。
オスカルが守ろうとしたもの──2026年衆院選と私たちの「人権」
『ベルサイユのばら』はお読みになった方ならご存じのように、ただの歴史ロマンではありません。
あの作品が描いたのは、「権力」と「民衆」、そして「自由と人権」をめぐる闘いでした。
主人公の一人、オスカルは貴族でありながら民衆の側に立ち、バスティーユ陥落の直後に命を落とします。
オスカルの死は物語の終わりではなく、むしろ「始まり」でした。
フランス革命の後、フランスでは有名な「フランス人権宣言」が採択されます。
そこには、「人は自由で平等に生まれる」「権力は国民のためにある」という思想が刻まれました。
この流れはやがて世界の民主主義の土台となり、遠く日本にもつながります。
日本国憲法は「革命の延長線上」にある
日本国憲法には、現代社会の柱となる三つの原則があります。
・国民主権
・平和主義
・基本的人権の尊重
私たちが日常で当たり前のように享受している自由──言論の自由、思想の自由、個人の尊厳などは、自然に存在しているものではありません。
歴史の中で勝ち取られ、守られてきたものです。
『ベルばら』のオスカルが身を賭して守ろうとしたのも、突き詰めればこの「人間の尊厳」だったのではないでしょうか。
2026年衆院選で注目される「改憲」の議論
さて、2026年の衆議院選挙では、与党である自民党が優勢になるという予測も報じられています。
もちろん、選挙結果は情勢によって変わりますし、現時点で断定はできません。
ただ、もし与党が大きな議席を得た場合、現実的に議論が進むと考えられているのが憲法改正です。
自民党はすでに「改憲草案」を公表しています。
自民党改憲草案で指摘されている点
ここで重要なのは、「改憲=すぐ独裁」という単純な話ではありません。
しかし、草案の中には専門家や市民から、
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基本的人権の制限につながる可能性
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国民の義務規定が増えることへの懸念
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緊急事態条項が権力集中を招く恐れ
などが指摘されている部分があります。
たとえば、現行憲法で強く保障されている「個人の尊重」が、草案では「公益や公の秩序」を優先する形に変化しています。
これは、「自由や権利が制約されやすくなるのではないか」という議論を呼んでいます。
改憲論議の背景にある「人権観の違い」
憲法改正の議論は、「どの条文をどう変えるか」という技術的な話だけではありません。そもそも人権をどのように捉えるかという価値観の違いも根底にあります。
近代憲法が前提としている人権観は、いわゆる天賦人権論 です。
これは「人は生まれながらにして自由と権利を持つ」という考え方で、フランス人権宣言にもつながる考え方です。
一方で、一部の政治家の発言が議論を呼んだこともあります。例えば、2012年、自民党議員の片山さつき氏が、Twitter上で、自民党の改憲草案について、
「国民が『権利は天から与えられる』と考えるような天賦人権論はやめよう」
「国が何をしてくれるかではなく、自分たちが国を維持するために何ができるかを考えるような(憲法)全文にした」
という趣旨の投稿を行ったとされ、これは大変物議を醸し、この発言を基にした記事は今でも沢山残っています。(この投稿自体は後に削除されていますが、スクリーンショットなどは残っています)。
この種類の発言が改憲論議の背景にある「人権観の違い」への注目を高めました。
こうした価値観の違いは、憲法前文や基本的人権規定の解釈に関わる議論と結び付いて語られることがあります。
だからこそ、改憲論議を考える際には、
人権は生まれながらにあるものなのか
国民の義務や公益との関係でどう位置づけるべきなのか
という根本的な問いも意識しておくことが大切です。
フランス革命後も王政は何度も復活した
『ベルばら』の読者なら知っている通り、フランス革命は「革命が成功して終わり」ではありませんでした。
革命後もフランスでは、
・王政復古
・皇帝の誕生
・再び革命
という揺り戻しが何度も起こります。
つまり民主主義は、一度手に入れたら永久に安泰というものではないのです。
歴史的に見ても、民主主義は状況次第で権力集中や独裁へ移行してしまうことがあり得ます。
今、私たちは「瀬戸際」にいるのかもしれない
2026年の衆院選は、単なる政権選択選挙ではなく、
「私たちの権利や憲法のあり方をどうするのか」
が問われる選挙になる可能性があります。
もちろん改憲には賛成意見もありますし、議論そのものを否定することはできません。
ただ、もし基本的人権が弱まる方向に進むなら、私たちは慎重であるべきでしょう。
オスカルが命を賭して守ろうとした「自由」「人権」は、簡単に失われるものでもあるからです。
だからこそ必要なのは「無関心にならないこと」
大切なのは、特定の政党を盲目的に支持することでも、恐怖だけで反対することでもなく、
・憲法改正案の中身を知る
・何が変わるのかを確認する
・自分の一票の意味を考える
という姿勢ではないでしょうか。
民主主義は「誰かが守ってくれる制度」ではなく、国民一人ひとりが参加して初めて維持される仕組みです。
オスカルの問いは、今も続いている
『ベルサイユのばら』が私たちに投げかけた問い。
「あなたは自由のために、何を選ぶのか」
その問いは、2026年の日本にも確かに重なっているように思えます。
選挙は、未来を決める静かな革命です。
私たちも、自分の権利と社会の行方を、他人任せにしないでいたいですね。
さいごに
長い記事を、最後まで読んで下さりありがとうございました。
皆さん、情報をしっかりと集め、自分の頭でしっかりと考えて、選挙権を行使して下さい。
選挙権は当たり前のものではなく、オスカル、アンドレ、アントワネットさま、フェルゼン伯、そのほか数えきれない人々の命と血と犠牲の上に勝ち取られた、大切な権利なのですから。