皆さんこんにちは、珠下なぎです。
拙著「遠の朝廷にオニが舞う」に関するエッセイ、2回目の今日は福岡県筑紫野市(ちくしのし)に伝わる古い伝説についてです。
主人公の瑠璃子姫、父の藤原虎麿(ふじわらのとらまろ)は、この伝説に登場する人物なのです。
福岡県福岡市より電車で20分くらい南に下った場所、太宰府市の南に隣接する場所に、筑紫野市という人口10万人ほどの小さな町があります。
筑紫野市には7世紀ごろの建立と伝えられる、九州最古の寺、「武蔵寺(ぶぞうじ)」があります。古くは「むさしでら」と読まれていました。
引用画像:ことまち写真館
この寺に、「武蔵寺縁起絵巻」という美しい絵巻物と、「武蔵寺縁起文」という文章が残されており、いずれもこの武蔵寺が開かれたいきさつを生き生きとした物語で伝えています。
参考:『ちくしの散歩』(筑紫野市教育委員会)より
縁起の主人公は、藤原鎌足の子孫と伝えられ、天智帝・天武帝の二帝に仕えてこの筑紫地方を支配していたと言われる伝説上の人物、藤原虎麿(ふじわらのとらまろ)。
壬申の乱で天武帝側の武将として活躍した話や、怪火に導かれて薬師如来のご神木に出会い、そのご神木で薬師如来像を彫らせて武蔵寺の起源とした話、薬師如来の力で晩年に一人娘瑠璃子を授かった話などがつづられています。
ネタバレになるので詳しくは書けませんが、この地に湧きだす二日市温泉の起源についても・・・・・・・。
一説には初代筑紫大宰だった蘇我日向江刺(そがのひむかのえさし)がモデルともされています。
筑紫野市の天拝山歴史公園には藤原虎麿像が置かれ、今では市民の憩いの場を見守っています。
引用画像:ことまち写真館