はじめに
皆さん今日は。たまなぎこと珠下(たまもと)なぎです。
初めての方は、初めまして。歴史ファンタジーを中心に物語を書いている、心療内科医の珠下(たまもと)なぎと申します。
前回の記事で、「映画終了後のセイレーンと島民たちの運命を考えたら、ものすごくエグいことを考え付いてしまった」と書きましたね。
はじめに 皆さん今日は。たまなぎこと珠下(たまもと)なぎです。 初めての方は、初めまして。歴史ファンタジーを中心に物語を書いている、心療内科医の珠下(たまもと)なぎと申します。 可愛い絵柄に惹かれて、 ...
ちいかわ映画『人魚の島のひみつ』二回目感想(ネタバレあり)
今日はこの、「思いついたエグいこと」について書きたいと思います。
ちなみに、ヒトハとフタバのことではありません。
セイレーンが去った後に、予想される島民の運命
セイレーンは映画終盤で、人魚を食べた犯人=ヒトハとフタバを特定し、二人が隠れて移り住んだ島に向かいます。
その後の運命は……公式が暗示したとおり。
(ご存じない方のために説明すると、この「セイレーン編」が収録された、コミック版「ちいかわ8巻」の特装版には、「体ぴったりの檻に入れ」られて、「深くてくらーいところ」に沈められたヒトハとフタバのイラストが掲載されています)
復讐を遂げたセイレーンの中では、この話は「もう終わったこと」になるでしょう。
しかし、その後セイレーンが去った後の島は、どうなるでしょう。
セイレーンは、前回の記事でも書いたとおり、もてなせば豊穣をもたらし、禁忌を犯せば祟る、神のような存在。
つまり、セイレーンがいなくなれば、セイレーンによってもたらされた豊穣も、ひと時の夢と化す可能性が高いのです。
おいしい屋台をてんこもりにしていた、島フルーツも、島の特産品も、以前のようには生産できなくなるでしょう。
一度豊かな生活を知ってしまった島民たちは、それを受け入れることができるのでしょうか。
たまなぎは島民たち(もしくはセイレーン)がするであろう選択を、3パターン考えてみました。
予想される島民たち・セイレーンのその後の3パターン
セイレーンと決別、もとの暮らしへ
一番穏当なパターンがこれ。セイレーンは、人魚を失い、激辛で攻撃された島にはもう寄り付かず、島民はもとの暮らしに戻る。
ひょっとして土着の神(かもしれない)・島二郎が、失われた味覚(カツカレーとか貝汁とか)を思い出させてくれ、今までとは別の豊かさを築いていくかもしれない。
これは一番平和で穏当な終わり方。
しかし、ちいかわの作者の容赦なさから考えて、あまりこのパターンはないような気がします。
セイレーンと和解、島民たちは犠牲者を忘れて豊かさを選ぶ
セイレーンが去った後、島民たちは享受した豊かさを忘れられず、結局またセイレーンと共存ずる道を選ぶという可能性もあります。
一方でセイレーンも、復讐を遂げて気持ちの整理をつけたら、また「味の濃い御馳走」につられてやってくるかもしれない。
ただ、人魚を食べた犯人が誰か、セイレーンがなぜ戻って来たのかを島民が知らないままなら、島民たちは「犯人と間違えられて食べられてしまった多くの島民」の犠牲をなかったことにして、自分たちの豊かさを選ぶということになる。
犠牲になった仲間よりも、生き残った自分たちの利益を取る。
それはそれでなかなかエグくてリアルです。
しかし、映画で描かれた島民たちは、悪意はないけれど無力。しかしその一方で、抵抗できないセイレーンに向けたように、集団となると残酷になれる一面も持っている。
また、ラッコ先生を助けに行こうとするちいかわたちを止めるあたり、困難に立ち向かう勇気もない。
そんな彼らなら、こういう選択をする可能性もあるのでは、とたまなぎは思うのです。
セイレーンの力だけを利用し、そして……
そして、最後に思いついたのが、最もエグい結末です。
これは、ちいかわ映画を見てというより、日本の「祟り神」と言われるものたちが、どのように扱われてきたかをふり返って考えた結末。
古来より、日本の神社は、少なからず、いわゆる「祟り神」というものを祀ってきました。
これは、かつて反権力だった人や神が権力側に滅ぼされ、祟る存在となったものを、神社などに神として祀ることで「封じ込め」また、同時にその力を利用するという一面もありました。
怨霊神として有名な、菅原道真を祀った北野天満宮や太宰府天満宮はその代表です。
そうして、こういう神社には、怨霊神が外に出てこられないようなしかけが施されています。
詳しくは↓
皆さんこんにちは、珠下なぎです。 今日も来て下さって、ありがとうございます! 「神社は少なからず怨霊神を祀っており、怨霊を慰撫し鎮めることで善神に転化させている」ということは、これまでこ ...
閉じ込められた神々①~神社は牢獄か?
遠回りしましたが、島民たちが、「セイレーンは許せないけど、あの力だけは自分たちのものにしたい」と考えたらどうでしょう。
何らかの形でセイレーンの自由を奪い(それこそ「体ぴったりの檻に入れて」)、決して害をなさないようにしながら、餌だけを与えて、その歌声による豊穣だけを受け取ろうとしたら……?
もっとも、あの弱くて無力な島民たちには、そんな危険を冒す勇気はないかもしれませんが、誰かに知恵をつけられて、もしくは誰かの力を借りて、セイレーンを罠にかけたら……?
セイレーンを封じ込め、そのご利益=豊穣だけを享受する。
そんなエグい結末さえ、この物語ではあり得るかもしれないと思える、不穏さが、この物語の根底に流れているような気がしました。
さいごに
考察というより、たまなぎのただの想像を並べた記事になってしまいましたが、皆さんはどうお感じになったでしょうか?
ヒトハとフタバ以外の、島民たちのその後について考えた方は他にもおられたでしょうか?
おられたらたまなぎにこっそり教えて下さいね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!