史跡巡り 旅行

2026年沖縄幻想旅行記④万座毛・首里城・国際通り

はじめに

皆さん今日は、たまなぎこと珠下(たまもと)なぎです。

今日も来て下さって、ありがとうございます。

さて、沖縄旅行のレポ4回目。今日は最終日・3日目のレポートです。

 

朝食の中華粥が絶品

前回でも取り上げましたが、朝食の中華がゆがめちゃくちゃ美味しかった。

サムゲタンみたいに鶏を骨ごと炊き込んでいるのでは?と思えるほど出汁がしっかり出ていて、お米はしっかり粒が残っているのにとろとろ。ピータンやパクチーなどトッピングも豊富でした。

他にも沖縄料理や洋食が豊富で、ついつい朝から食べ過ぎてしまいます。

 

ホテルの客室からも綺麗に海が見え、波の音が聞こえました。2泊3日お世話になった谷茶ベイ、ありがとう。

 

ホテルのお庭に咲いていたハイビスカスとブーゲンビリア。南国ムードあふれる素敵なホテルでした。

 

万座毛

前日はあいにくの雨でしたが、この日は綺麗な快晴。

ですので朝一番で万座毛に向かいます。

万座毛は公式ページによると次のような場所です。

万座毛は、恩納村役場の北西に位置する岬で、切り立ったサンゴ礁の芝生台地になっています。岬の先端に立つとコバルトブルーの海が広がり、打ち寄せる波が岩に砕け散って、眼下には白い波の花が咲いているのが見えます。また名護湾をまたいだ北方には、北部半島の山並みや、伊江島タッチューが、東方には恩納村のシンボルである恩納岳が雄大な姿を見せています。尚敬王が1726年に万座毛を訪れ「万人を座らせるに足る」とほめたたえたことから万座毛と名づけられたといいます。また、万座毛の石灰岩上に生えているハナコミカンボク、オキナワスミレ、オキナワマツバボタン、ヒメスイカズラなどの植物は、石灰岩層の植物群落として学術上たいへん重要なことから、県の天然記念物に指定されています。

万座毛 | 沖縄観光情報WEBサイト おきなわ物語より

 

単に「景色が綺麗な場所」くらいで、そこまで観光地としてはメジャーでないのかな……と思っていましたが、訪れてびっくり。駐車場が整備され、入り口には土産物店やフードコート、展望台を兼ねた新しい建物が。ここを通らないと万座毛には入れなくなっています。入場料は一人百円。安い。

大きな観光バスも停まっていました。

確かにこれは広場みたい!

 

海がとても綺麗で、波の音がすぐ足元に聞こえます。

遠くに対岸の景色が。

  

 

ここ、古代ファンタジー『宇宙皇子(うつのみこ)』の8巻で、主人公の宇宙皇子と、仲間の各務(かがみ)が、「毛遊び(もうあしび)」に参加する場所です。

「毛遊び」。これは庶民の祭りで、若い男女が海辺や野原に集い、飲食し、交流を深めた場所です。出会いの場も兼ねていたようで同時代の日本で言えば「歌垣」のようなものでしょうか。

まあ、古代の合コンですね。

『宇宙皇子』では、宇宙皇子と各務が、互いを異性として意識し始める重要な場面でもあります。

『宇宙皇子』は北天の神から命を授かり、角を持って生まれた少年宇宙皇子が、修験道の開祖・役小角に弟子入りし、鬼と呼ばれながら弱き人々のために権力と戦う物語。たまなぎの鬼好きの原点はここかもしれません。

小6から中学・高校にかけてドハマりした作品なのですが、舞台のほとんどが奈良なので、まだ聖地巡礼をしたことがなかったのです。沖縄で、初の聖地巡礼となりました。

 

首里城

そして、とうとうやってきました、首里城!

ここは言わずと知れた琉球王国の都。

琉球王国は、1429年に沖縄が統一されて誕生し、1879年明治政府によって完全に日本の支配下に入るまで、450年間続きました。薩摩藩の支配を受ける一方で、中国にも朝貢しており、両方の文化の影響を受けました。

連休だけあってすごい人でした。

 

 

首里城の水道・龍樋

龍樋。石彫刻の龍頭は16世紀に中国からもたらされたもの。ここの湧水は、城の人々の飲料水として使われました。また、この龍頭は、城の中にある彫刻の中で、唯一当時のものだそうです。

 

ちなみに、トイレの水道も龍樋をかたどっていました。

 

首里城の時計は天気次第

日時計と、漏刻の置かれた漏刻門。

琉球王国では、天気のいい日は日時計を、日差しに恵まれない日は漏刻=水時計を使っていたそうです。漏刻は常に水を流し続けなければならず、人手がかかるので、合理的なシステムと言えます。

 

首里城復興中

皆さんよくご存じのように2019年10月、首里城は火災によって焼失しました。

しかし、それまでが昔のままの姿をとどめていたかというと、実は1945年の沖縄戦で破壊されているそうです。その後沖縄県が中心になって復元されましたが、再び2019年の火災で焼失したということらしいです。

現在は半分以上復元されており、3月の時点で、メインの正殿以外はほぼ復興が終わっていました。

首里城は「見せる復興」を謳っており、正殿に飾られる予定の装飾物や、復興中の工事の様子も見ることができました。

王の居間を飾る予定だという木彫りの龍。躍動感が凄い。

 

正殿の屋根の上に置かれる予定だという龍頭。

 

水回りも見学できる

こちらは女官たちのための湯屋(おふろ)。

手前のコンクリートの四角が湯船のあった場所、奥の石が敷き詰められている場所にお湯が貯められ、ここからお湯を汲んで使っていたそうです。

 

こちらは井戸の跡。

本で読んだ知識によると、首里城のトイレはポータブルだったそうです。

トイレのその後は……あまり考えたくない(汗)。

 

首里城の中の御嶽(うたき)=十獄(とたき)

首里城の中にも御嶽=礼拝所があります。

メインは首里森(すいむい)御嶽。

 

その他にも、9か所の御嶽があります。

 

いずれも植栽があり、神秘的な雰囲気でした。

 

国際通り

首里城は大変広く、西の展望台など全部は回りきれませんでした。

いつかもう一度行きたい。

後ろ髪引かれる思いでレンタカーを返し、一度空港へ。

そこからゆいレールに乗って国際通りへ向かいます。

旅の締めくくりは、国際通りでの食べ歩きとお土産漁り。昼食はここで済ませることにしていました。

 

揚げたてサーターアンダギーはやっぱりおいしい!

沖縄に来て絶対食べたかったものの一つがこれ、サーターアンダギー。

丸いドーナツのような揚げ菓子で、ホテルのビュッフェにも一口サイズのものがあったのですが、時間が経っているからかちょっと固く、どうしても揚げたてが食べたかったのです。

揚げたてを出してくれる店を見つけ、テイクアウト。

一個140円。安い。

やっぱり揚げたては違います!

外はカリカリ、中はふんわりとしていて、ほんのり甘い。

ちなみに、「ギー」は油のことだそう。

そこでちょっと思い出しました。

昔パキスタンを旅した時、ヤギの油のことを「ギー」と呼んでいました。

何か関りがあるのかもしれませんね。

 

 

お土産が安い!

このあたりのお店には、ちんすこうや海ブドウなど、沖縄のお土産が沢山売られていますが、ホテルや空港で買うよりも5~10%程度安いです。

荷物を持って歩くのが苦にならないなら、お土産はこちらで買うのがお勧めです。

ちなみに、家用にこちらの「あーさーと芽かぶのスープ」を買いました。スープ30杯分で約千円。

たまなぎは海藻類が大好き。家に帰ってからもあと一品という時に重宝します。

 

カリカリメキシカンタコス

こちらはメキシカンタコス。

カリカリでスパイシー。具がしっかり詰まって肉の味がして美味しかったです。やや食べにくいので、テイクアウトより店内で食べるのがお勧めです。

 

夕食にハンバーガー

飛行機は夕方だったので、夕食を買ってから飛行機に乗ることに。スパムおにぎりを買いたかったのですが、こちらのお店は何と40分待ちと聞き、ハンバーガーに変更。

こちらも大きく、食べ応えがあって美味しかったです。

 

帰ってからスパムおにぎり

スパムおにぎりを食べ損ねたので、こちらは後日自作しました。

スパムって、全国的に売られているんですね。

 

ちなみに沖縄といえば豚肉食が有名。ですからスパムもそれと関係が?と思っていたのですがこちらはルーツが別。

スパムは世界恐慌の時代にアメリカで安価な保存食として開発され、それが軍用食に転用され、第二次大戦でアメリカの銃後を支えたそうです。

その後、米軍と共に世界に広がりました。米軍占領下の沖縄でも、食糧難にあえいだ島民にスパムが支給されたそう。

今でも日本でのスパムの消費のほとんどは沖縄だそうです。

ちなみに、第二次世界大戦後にアメリカが駐屯した韓国でもスパム食は広がり、今でも韓国にはスパムを贈答品として贈る習慣があるそうです。

このあたりの歴史は↓に詳しいです。面白かった。

 

さいごに

2泊3日と駆け足の沖縄でしたが、戦跡めぐり、史跡めぐり、グルメ堪能と大変充実した旅行になりました。

次は今回行けなかった城(ぐすく)を巡ったり、古宇利島や久高島を訪ねてみたいです。

今回回った場所はどこもお勧めできますが、ひめゆりの塔と平和祈念公園は、必ず一度訪れておいて欲しい場所です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。