たまなぎこと珠下なぎによる、御伽草子版『酒呑童子』全訳です。
()内は鬼好きたまなぎによる、しょうもない突っ込みです。
目次
前置き
昔、我が国の朝廷のことです。
我が国は、天地が開けて以来神の国といわれてきましたが、一方では仏法が盛んで、最初の帝から醍醐天皇に至るまで、王法も備わり政治は正しく、民をも大事に思われること、堯舜(筆者注;中国神話の名君)の治世もこれには及ぶまい。
(なんですか出だしからこの背筋の寒くなるような朝廷へのおべんちゃらは……! 古代から平安まで、血みどろの時代も沢山あったではありませんか……! この時点でこの物語が誰のために書かれたか明々白々ですね、はい)
けれども世の中には不思議なことも出てくるものです。
丹波の国大江山に鬼神が住んで日が暮れると、近くの国や他の国のものまでも、数えきれないほどさらっていくのです。
池田中納言の姫、さらわれる
都の中からさらわれた人は、美しい女房を17,8歳を始めとして数多くおられました。
どの人も哀れなことには劣りませんが、中でもひときわ哀れなのは、この方です。
一条院に仕え奉る池田中納言国方は院の覚えもめでたく、宝は家に満ちて、金持ちの家でした(どうも成金のようですね、お父さまは)が、ひとり姫をお持ちでした(『大江山恋絵巻』の茜ちゃんのモデルです)。
あらゆる美人の条件を備え、美しい姫君を見聞きする人は、心惹かれぬものはないほどでした(ほう!)。
両親の寵愛はひととおりではありませんでした。これほどにも優れた姫君が、ある日の暮れのこと、行方もしれずに消え去ってしまったのです。
父をはじめとして、北の方(筆者注:正妻)のお嘆きは激しく、乳母や女房たち、そこに居合わせた者達までも、上を下への大騒ぎになりました。
陰陽師登場!
中納言はあまりの悲しさに、左近を召されて、「どうか左近よ、聞いてくれ、このところ都に村岡のまさとき(注:島津本では安倍晴明)という評判の高い博士がいると聞いている。連れてきてくれ」とおっしゃいました。
左近は承知し、博士をつれて中納言の邸へ参りました。いたわしいことだ、国方も御台所も、恥も外聞も構わず、博士に対面されながら、
「どうかまさとき聞いて下さい。人のならいとして、五人十人子のある人さえ、どの子もおろそかに思うものはないのが常です。わたしはたったひとりの姫を、昨夕行方もしれず見失ってしまったのです。今年十三歳になります。生まれて以来、大切に育てられており、風をも嫌がるほどでした。鬼や、迷わせるものがいなければ、どうして姿を隠したりするものですか」
と袂を顔に押し当てて、
「博士占ってくだされ」と大金を博士の前に積ませた。そして、
「姫の行方がわかるならば、沢山の宝を差し上げる。よくよく占ってくだされ」と頼んだのです(いや気持ちは分かりますが行動がいかにも成金ですね)。
もとから博士は名人であったから、一つの巻物を取り出して、このありさまを見て、両手をはたと打ち合わせました。そして、
「姫君の行方は、丹波の国大江山の鬼神のしわざでございます。お命に別状はございません。なお、わたしの方法で、ご無事を祈ることに疑いはございません。この占いの方をよく見るに、これは観世音菩薩のお咎めです。
菩薩に願をかけ、約束をしたのに、その約束がまだ果たされないことについての観世音菩薩のお咎めというふうに見えます。観音様にお参りさなり、よくよくお祈り誓いなさいませば、姫君は都にお戻りになるでしょう」(お父さま何をしたんだか……)
と見通すように占って、博士は家に帰りました。
鬼退治の命が下る
中納言も御台所も博士の言葉を聞いて、これは夢か現実かとお嘆きになるありさまは、何にもたとえようがありません。
中納言は涙の落ちる暇もなく、急いで内裏へこのことを申し上げ、ご意見を聞かれました(え? そこで帝にチクるの? 観世音菩薩様との約束は?)
帝はお聞きになり、公卿や大臣を集めて、詮議を行いました。
その中に関白殿が進み出ました。
「嵯峨天皇の御代に、これに似たことがあったが、弘法大師が仏法の力で閉じ込めたと聞きます。しかし、その後国を去ってしまったので詳細はわかりません。しかしながら、今ここに源頼光をお呼びになって、鬼神を討てとおっしゃれば、碓井貞光・卜部季武・渡辺綱・坂田公時・藤原保昌をはじめとして、この人々には鬼神も怖気づきおののいて恐れをなすと聞いております。このものたちにどうぞ仰せられつけくださいませ」(いきなり武力行使ですか!)
帝もそのとおりだとお思いになって、頼光をお召しになりました。頼光は帝の命を承り、急いで参内申しました。
「どうか頼光聞いてくれ。丹波の国大江山に鬼神が住んで悪さをしている。我が国であれば辺境といっても、どこに鬼神が住めようか(おいおい、鬼は住んでもダメなのか?)。いわんや都に近いあたりで、人を悩ますいわれはない。従わせよ」
と、帝はこうご命令を下されました。
頼光は勅命を承って、こう思いました。
「ああ、大事のご命令だ。鬼神は体の形を変えるものであるから、討手が向かうと知れば、塵や木の葉と身を変えて、我ら凡夫の眼で見つけることはむずかしいだろう。けれど帝のご命令にどうして背くことができようか」(一応鬼のすごさは知ってるのね)
頼光は急いで我が家に帰って人々を呼び集めて、我らが力にはかなうまいと神仏に祈りをかけて、神の力を頼りにするのが最もよいだろうということになりました。
頼光と保昌は石清水八幡へ、綱と公時は住吉明神に、貞光と季武には熊野権現に参拝つかまつりました。
彼らの願いを、もとより日本は仏法の盛んな申告であるから、神もお受けくださって、いずれも霊験あらたかにご利益がありました(ご利益って具体的には何が?)。これにこした喜びはないといって、みな我が家に帰り、一つところに集まって色々相談をしました。
頼光ら、山伏に変装する
頼光はこうおっしゃった。
「この度のことは大勢であたったとしてもうまくいくまい。合わせてここにいる6人が山伏に姿を変え、山道に迷った風をよそおって、丹波の国鬼が城へ尋ねていき、住処だけでもわかったならば、いかにしても武略をめぐらして、討つことはやさしいだろう。それぞれ笈をこしらえて鎧兜をお入れ下さい。皆さんいかがでしょうか(正攻法では勝てないからだまし討ちをたくらむのね)」
皆は賛成して、それぞれ笈をこしらえました。
まず、頼光の笈には螺鈿鎖といって緋縅の鎧、同じ緋色の糸で縅した五枚兜に、獅子王という名の甲、ちすいという名の剣二尺一寸ございましたものを、笈の中にお入れになったのでした。
綱は萌黄縅の腹巻きに同じ色の縅した兜を入れ、いずれも劣らぬ剣を笈の中に入れました。
頼光らは小筒に入れて酒を持ち、火打ち石、付け木、雨をふせぐ油紙を笈の上に取り付けて、思い思いの打刀(注:敵を打つための、つばをつけたやや長い刀)、ずきん、鈴懸、法螺の回、金剛杖をつきつれて、日本国の神仏に、深く祈りお誓い申し上げて、都を出て丹波の国へとお急ぎになりました。この人々の有様にはいかなる悪魔も、おそれをなすはずだと思われるようでした(なんでここまで褒めちぎるの? 本当に強いなら正攻法で行けよ)。
頼光ら、大江山に着く
頼光らはお急ぎになったので、程なく丹波の国で有名な、大江山にお着きになりました。すると、柴刈りに行く人に出会ったので、頼光は、「山のお人、この国の千丈獄はどこにあるか。鬼の岩屋を詳しく教えてくれ」と仰せになりました。
山の人はこれを聞いて、「この峯を向こうへ超えられまして、また谷峯の向こうこそ、鬼の棲家と申して人間は行くことはございません」と語りました。
頼光はお聞きになってこの峯を越えようと、谷よ峯よと分け上りました(単純、脳筋……)。ふと、とある岩穴をご覧になれば、柴の庵のその中に、翁が三人立っているのが見えました。
三社の神が現れる
頼光はその様子をごらんになって、「いかなるお人でございましょうか。疑わしい」と仰せになりました(この峰の向こうは鬼の住処と言ったからですか。単純!)。
翁は答えて仰せになりました。
「我々は人を迷わせ姿を変えるものではありません。1人は津國の百済郡のものであり、1人は紀の国の音無しの里のもの、今1人は京近くの山城の者です。この山のむこうにいる酒呑童子という鬼に、妻子を取られた無念さに、その仇を討とうと最近ここにきたのです。あなた方をよく見ると常人ではいらっしゃらず、帝のご命令を受けて酒呑童子を滅ぼせとの使いの方だとお見受けします。この三人の翁は妻子をとられてございますれば、ぜひ案内を致しましょう。笈をも降ろして緊張を解いて、疲れを取ってください」
と申されました。
頼光はこのことをお聞きになって、
「おおせのとおり我々は、山道に迷い疲れておりますので、疲れを取りましょう」と笈などを下ろして置き、小筒の酒を取り出し、三人の人々にお酒を、召し上がれとて差し上げた(なんで見ず知らずの人がそこまで事情を知ってて疑わないの? 笈の中に武器入れてんでしょ? 罠だったらどうするんだ)。
翁がおっしゃるには、
「このようにしてこっそりお入りになるがよろしい(嫌味か? 嫌味だな)。あの鬼は常に酒を呑むので、その名を酒呑童子と名付けたのです。酒盛りをして酔って寝てしまえば、前後不覚に陥ってしまいます。この三人の翁はここに不思議な酒を持っているのです。その名を神便鬼毒酒と言って、神の方便・鬼の毒酒と読む文字である。この酒を鬼が呑めば、飛行自在の力も失せ、切ろうが突こうが分かりません。皆さまがこの酒を呑めばかえって薬となります。これで神便鬼毒酒と後の世まで語り継がれるでしょう。ますます不思議な力をお見せしましょう」
と言って、星甲を取り出し、
「あなたさまはこれを着て、鬼神の首をお切りください。何の面倒もございません」
と、例の酒を添えて、頼光に下さったのです。
六人の人々はこれをご覧になって、さては三社の神々のお姿がここに現れなさったものかと、深く心に感じて涙を流し、もったいないとも言葉にもできないほどでした。
そして翁は岩屋を立って出て、さらにご案内を申し上げようと、千丈嶽を登りつつ、暗い岩穴を十丈ほどくぐって、幅のせまい谷川においでになりました。
翁はこう仰せになりました。
「この河をさかのぼってご覧下さい。十七、八歳の高貴な女性がおられるはずです。くわしくは逢ってお聞きなさい。鬼神を討つべきその時は、わたしたちが力を合わせてお助けしよう。実はわたしたちは、住吉・八幡・熊野の神が、ここまで姿を現してきたのだ」と言って、かき消すように消え失せてしまわれました。
頼光ら、大江山の姫に逢う
六人の人々は、このありさまをご覧になって、三社の神様のお帰りになった後を伏し拝みなさって、教えに従って河をさかのぼってご覧になりました。
すると、教えられたとおり、十七、八歳の高貴な女性が血の付いたものを洗いながら泣いておられました。
頼光はご覧になって、「どちらの方か」とお尋ねになりました。
姫君はこれをお聞きになって、
「はいそうです。わたしは都の者でございますが、ある夜鬼神に掴まれてここまで参ったのです。恋しい父母や乳母に逢うこともできず、こんなあさましい姿になったのを、あわれとお思い下さい」
と言って、たださめざめとお泣きになりました。姫君は、涙の落ちる間も惜しみ、
「ああ、あさましいところは、鬼の岩屋と申して、人間は来ることがありません。お坊様方は、どうやってここまで来られたのですか。どうにかしてわたしを都へ帰してくださいませ」
とおっしゃるやいなや、さめざめとお泣きになります。
頼光はこれをお聞きになって、「あなたさまは都で誰のお子ですか」とお聞きになりました。
姫君は、
「はい、わたしは花園中納言の一人姫でございましたが、わたしたちばかりだけでなく、十人以上おります。最近池田中納言国方の姫君も、攫われてここにおられますが、愛しておいて(⁉)その後は、体の中から血を絞り酒と名付けて飲み、肴と名付けて人肉をそがれて食われる悲しみを傍で見せられあわれでございます。堀河中納言の姫君も、今朝血を絞られなさいました。その帷子をわたしたちが洗うのはなんと悲しいことでございましょう。まことにつらいことです」
と言って、さめざめとお泣きになれば、鬼をもものともしない人々も、まさにそのとおりだと共に涙にむせぶのでした。
花園中納言の姫、鬼が城の内情を語る
頼光は仰せになりました。
「鬼を簡単に従わせ(いや簡単になんて無理だから山伏に変装したり、三社の神様が助けてくれたりしてるんでしょ……)、あなた方を一人残らず都へ帰そうと、そのためにここまで訪ねてきたのだ。鬼の住処を丁寧に教えてください」
姫君は頼光の言葉をお聞きになると、
「これは夢か現実か、そのためならばお教えしましょう。この川上へ上って行かれてご覧下さいませ。鉄の築地をつき、鉄の門を建て、入り口には鬼が集まって番をして座っているでしょう。なんとかして門より中に忍び込んでご覧なさいませ。瑠璃の宮殿が玉を下げ、甍を並べております。四方に四つの季節を作り、鉄の御所と名前を付けて、鉄で館を建て(鬼が城は鉄筋なのですね、木造の時代に、これは時代の最先端!)、夜になればそのうちにわれらを集め手足をさすらせ寝起きしている(うらやましい……いや酒呑童子がじゃないですよ! 酒呑童子さまのそばに侍っている姫たちが! たまなぎは鬼推しですから!)のですが、牢の口は一族ども、星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子、この四人を四天王と名付けて番をさせて置いております。かれら四人の力のほどは、いかほどかと例えようもないほどだと聞いております。酒呑童子のその姿は、色は薄赤く背は高く、髪は禿で乱れ、昼のうちは人でありますが、夜になると恐ろしい、その丈は一丈(3m!?)あまりあって、たとえようもございません。あの鬼はいつも酒を呑んでいます。酔って寝てしまえば、自分の身がどうなっても気づきません(酒呑童子さまがお酒好きなのは本当みたいですね)。どうにかして忍び込み、酒呑童子に酒を飲ませ、酔って寝てしまったところを見て、思いのままに討ってくださいませ。鬼神は天命がつきて討たれてしまわなければなりません。どうにかしてお知恵を使いくださいませ、お坊様がた」
と仰せになりました。
頼光ら、鬼が城に着く
さて、六人の人々は、姫君の教えにしたがって、川上へおのぼりになるとほどなく、鉄の門に着きました。
番をしている鬼どもがこれを見て、「これは何者だ、めずらしい。ここのところ人を食っておらず、人の肉が食いたいと思っていたちょうどその時に、愚かなものは自分で自分を危地におとしいれるものだとは、今こそ思い知られることだ。さあ、引き裂いて食ってしまえ」
と、われもわれもと勇み出しました。
その中の鬼の一人が、
「慌ててことを仕損じてはならぬ。このように珍しい肴はわれらではかなうまい。酒呑童子様にご許可を得てから、引き裂いて食べよう」
と申しました。
鬼たちはもっともだとして奥に入り、この様子を告げれば、童子はこれを聞いて、
「これは不思議なことだ。何にせよ会おう。こちらへお招きせよ」
と言ったので(優しいじゃないですか)、六人の人々を縁の上に招きました。
酒呑童子登場! そして攻防戦へ……
その時生臭い風が吹いて、雷が落ち稲妻が光り、前後も分からなくなったうちに、色は薄赤く背の高く、髪は禿(「はげ」じゃないですよ! 「かむろ」です。短く切りそろえた子どもの髪型です)で乱れており、格子縞の上着に紅のはかまを着、鉄の杖をついて、あたりを睨んでたったその姿は、身の毛もよだつばかりででした(『御伽草子』より古い『大江山絵詞』ではイケメンとなっています)。
童子は、
「わが住む山は尋常でなく、岩石が高く角だって聳え、谷は深く道もない。鳥も獣も、道がなければ来ることもできない。ましておのおのがたは人である。天を翔けてきたのか。話せ、聞こうではないか」
と申しました。
頼光はこれをお聞きになって、こう仰せになりました。
「わたしたちの行のならいでは、役の行者と申した人は、道なき山を踏み分けて、五鬼前鬼後鬼悪鬼という鬼神に出会って、呪文を授け餌を与えて憐みました。わたしたちもこの流れを汲むものです。本国は出羽の羽黒の者だったのですが、大峰山にこもってやっと春になったので、都を一目見ようと昨夜徹夜をして出発したが、山陰道から道に迷い、道があったように見えたので、ここまで参りました。
童子様のお目にかかることができたこと、ひとえに役の行者のお引き合わせと、何よりうれしく思います。一本の木の陰、ひと筋の河の流れを汲むことも、皆他生の縁と聞いております。お宿を少しお貸し下さい。お酒を持って参りましたので、恐れながら童子様へもひとつ差し上げましょう。わたしたちも酒をのみ。一晩中酒盛りを致しましょう」
童子はこのことを聞いて、さては問題無い人かと縁より上に呼び上げました。
が、なおも本心を知ろうと童子は、
「持参のお酒があると聞く。われらもあなたがたにお酒をひとつ差し上げよう」
と申されました。
「分かりました」
と頼光は申すと、家来の鬼が、鬼が酒と名付けて血をしぼり、銚子に入れて盃を添えたものを、童子の前に置きました。
童子は盃を取り上げて、頼光に銚子の中身を注いでやりました(血って体から出たら固まるんですけどね。本当に血なの? それ)
頼光は盃を取り上げて、これもさらりと呑み干しました(だから本物の血はさらさらしてませんて)。
酒呑童子はこれを見て、「その盃を次へ」と言いました。
頼光は、「承知した」と言って、綱に酒を注ぎました。綱も盃をひとつ受けて、さらりと呑み干しました。
童子が、「肴はないか」と申すので、「承る」と家来の鬼が言って、今切ったばかりとおぼしき腕と股を板に置いたものが童子の前に置かれました。
童子はこれを見てすぐ、「料理して差し上げよ」と言いました。「承知しました」といって家来の鬼が立つところを、頼光はご覧になって、「私が料理して、頂きましょう」と、腰の脇差をするりと抜き、肉を4、5寸押し切って、舌を打って召し上がりました。
綱はこの様子を見て、「お志のありがたさを、私も頂きましょう」とこれも4、5寸を押し切って、美味そうに食われました。
童子はこの様子を見て言いました。
「あなたがたはどんな山に住み慣れて、このような珍しい酒肴を召し上がるとは不思議なことだ」
頼光はお聞きになって言いました。
「ご不審はもっともです。私たちの行のならいとして、慈悲として頂くものがあるならば、たとえ心で望まなくとも嫌と言うことはございません。ことにこのような酒肴を、食うにつけ心に浮かんだことがございます。討つも討たれるも夢の中、この身はすなわち仏である故、空(くう)にふたつの味はありません。わたしたちもともに空に浮かぶ、ああ、ありがたいことでございます」
そう言って頼光が礼をすれば、鬼神には邪道の行いはないということか、童子も返して頼光に、礼拝したのは嬉しいことでした(そう、鬼は邪道のことはしないんです。これ伏線)。
童子が申されるには、
「心にそまぬ酒肴を、差し上げたのは悲しいことだ。わたしがあなたがたに差し上げたのは無益であった」
と打ち解けたように見えました。
その時頼光は座敷を立ち、例の酒を取り出して、
「これは都より持って参った酒でございますが、恐れながら童子様へもひとつ差し上げましょう。毒味のために」
と言って、頼光は一つさらりと呑み干して、酒呑童子に注がれました。
童子は盃を受け取り、これもさらりと呑み干しました(ダメ―!)。
まことに神便のありがたいことか、不思議の酒なので、その味は甘露のごとく、心も言葉も及ばぬほどです。
この上なく喜んで、酒呑童子は、
「わが最愛の女がおります、呼び出して飲ませよう」
と言って、國方の姫君と花園の姫君(最愛の女……!)を、呼び出して座敷に侍らせました(ん? 頼光はなぜ池田中納言國方の姫と分かったのか?)。
頼光はこれをご覧になって、
「これは都の高貴な女性たちに差し上げましょう」とお酌に立たれました。
酒呑童子の昔話
童子はあまりの嬉しさに、酔ってこんなふうに申しました。
「わたしの昔話をお聞かせしよう。本国は越後のもので、山寺育ちの稚児であったが、法師に恨みがあって(ここちょっとひっかかったたまなぎ。酒呑童子は美貌の稚児だったということですから、まさか……)、数多くの法師を刺殺し、その後に比叡の山に着いた。わたしの住む山に違いないと思ったが、伝教という法師が仏たちを味方につけて、私の立つ杣(注:材木を切り出す山)を追い出したのだ。力で敵わずいったん山を出て、またこの峯に住んだが、今度は弘法大師というつまらない者が、私を神仏の法力で閉じこめてここをも追い出したので、力が及ばないでいたところだったが、今はその法師もいない。そして高野山で禅定に入った。それで今はここに帰ってきてなんの支障もない。
わたしは都から私が欲しいと思った高貴の女性たちを呼び寄せて、思いのままに召し使っている、座敷の様子をご覧あれ。瑠璃の宮殿が玉を垂れ、甍を並べて立て置いて、あらゆる草木が目の前にあり、春かと思えば夏もあり、秋かと思えば冬もある。このような座敷のその中に、鉄の御所という、鉄の館を建て、夜にもなればその中で、女房たちを集めおいて、手足をさすらせ寝起きしている。
いかなる天皇の身であったとしても、わたしの暮らしに勝るものはおるまい。しかしながら気がかりなのは、都の中でも隠れなき、頼光と申す大悪人の強者である。力は日本に並ぶものがないという。また、頼光の郎党に、貞光、末武、公時、綱、保昌、いずれも文武両道の強者である(文はどうだか)。これら六人の者こそが心にかかっているのだ。
それはどうしてかと申すには、私が召し使っている茨木童子という鬼を、都へ使いに上らせた時、七条の堀川でかの綱と渡り合ったのだ。茨木はやがて心得て、女の姿に変身して、綱のあたりに立ち寄って、もとどりをむんずと掴み、掴んでこようとしたところを、綱はこの様子を見て、三尺五寸の刀をするりと抜いて、茨木の片腕をすっぱりと切り落とした、色々策をめぐらせて、腕を取り返し、今はなんの支障もない(御伽草子版では綱と茨木童子の攻防は酒呑童子が生きている間ということになっていますね)。あいつらが面倒なので、わたしは都に行くことはしないのだ」
酒呑童子、頼光を疑う
その後酒呑童子は、頼光のお姿を目も逸らさずじっと眺めて、
「どうも不思議な人々だ。あなたの目をよく見ると、頼光でいらっしゃる。さても、その次にいるのは、茨木の腕を切った綱ではないか。残る四人の人々は、定光末武公時や、保昌だと思われるのだ。わられが見る目に間違いはあるまい。うっとうしいこと、お立ちになれ。ここにある鬼たちよ、油断して怪我をするなよ。われらも参るぞ」
と、顔色を変えて騒ぎ立てた。
頼光はこの様子をご覧になって、ここで言い訳しそこなったら大変なことだとお思いになって、少しも騒がない様子で、からからと笑った(内心冷や汗たらたらだったはず)。
「さても嬉しいおっしゃりようだ。日本一の強者に山伏が似ているとは。その頼光も末武も、名前を聞くのも初めてで、まして会ったこともない。ただ、今仰せをきけば、悪逆無道の人のようだ。ああ、ひどいことだ、そのような人には似るはずもあるまい。私たちの行のならいとして、物の命を助けんため、山路を家とすることも、飢えた虎狼に身を与えることもある。
釈迦牟尼は、心を持つものも持たないものも救うために、過去世において雪山童子と名をつけられて、諸国を修行においでになった。ある時山道をお通りになれば、深い谷のそこから、何者とも知れないが諸行無常と唱えていたので、谷に下ってご覧になると、頭が八つに足が九つある、さも恐ろしい鬼があった。
雪山童子はかれに近づいて、
『ただ今唱えた半分の経文を私に授けてください』
と言った。鬼神が答えていうには、
『授けることは簡単だが、飢えており力が出ない。人の身を食えば、唱えよう』
と申した。雪山童子が答えて言うには、
『それは簡単なことだ。残りの経文を唱えてくれたら、わたしが餌食になりましょう』
と仰せになったので、鬼神は大いに喜んで、残りの経文を唱えた。
『是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽』
と唱えたので、雪山童子はこれをこれを授かってああありがたいことだと礼をして、鬼神の口にお入りなると、たちまち菩薩が現れた。鬼神はすなわち毘盧舎那仏であり、雪山童子は釈迦仏であった。
又、ある時はこれこそ、鳩と同じ重さの我が身を鷹に変じた帝釈天に与えたのも、これは皆生きるものを助ける為であり、ここにある山伏も同じ行を行うものでございますれば、経文をひとつお授けになって、早く命をお取りなさい。露や塵ほども惜しいとは思いませぬ」
と、もっともらしくおっしゃったので、童子はこれに騙されて、表情を直し、
「仰せをきけばありがたいことだ。あいつらがここまではまさか来るまいと思っていたが、常に心にかかっているため、酔っても本性を忘れまいとしたのだ、ご持参の酒に酔ったただの繰り言とお思いなされ。赤いのは酒のためじゃ。鬼とお思いなさるなよ。私もそなたらのお姿は、ぱっと見には恐ろしいけれど慣れれば可愛らしい山伏だ」
と、歌い奏でた。
神便鬼毒酒、鬼たちを前後不覚に陥らせる
心を打ちとけ酒を指したり受けたりしながら呑むうちに、これは神便鬼毒の酒であるから、酒呑童子の五臓六腑に染み渡り、酒呑童子は心も姿も乱れて、
「どうか居合わせた鬼どもよ、このように珍しいお酒を一つ御前に頂いて、お客をお慰めしろ、ひとさし舞え」
とおっしゃった。
「承知しました」
と鬼たちが立つところを、頼光はこの様子をご覧になって、
「まずお酒を差し上げましょう」
と言って居並ぶ鬼たちに例の酒を振る舞われれば、酒が五臓六腑に染み渡り、前後不覚に陥ってしまった。けれどその中に、石熊童子はさっと立ち上がって舞っていた。
「都よりどんな人が迷い来て、酒や肴の餌食となるのだろう、面白い」
と押し返し、2、3回は舞を奏でた。この心をよく聞けば、ここにいる山伏たちを、酒や肴にしてやろうとの歌の心だと分かった。
やがて頼光がお酌に立たれた。童子が受けた盃を綱がこの様子を見て、さっと立って舞ったのである。
「年月を重ねて鬼の岩屋に春が来て、風を誘って花を散らそうと言うのだろうか、面白いことだ」
とこれもまた押し返して2、3便舞った。この歌の心持ちはここにある鬼どもを嵐に花の散るごとくに滅ぼそうという意味であったが、歌の心を鬼は少しも知らず、ああ面白いと感じ入って、次第次第にに酔い潰れていった。
「居合わせた鬼どもよ、お客様たちをよくお慰めしろ、わたしのかわりに二人の姫を残していく。それでしばらくお休みなさい。明日またお会いしよう」
と言って童子は奥に入ってしまった。残る鬼たちも童子のお帰りになったのを見て、あちこちに寝転がっているのはさながら死人のようであった(あああああ………)。
頼光ら、姫たちに案内を頼む
頼光はこの様子をご覧になって、二人の姫君を近づけて(エロジジイ!)、
「あなたがたは都ではどなたの姫君でいらっしゃるか」
と聞きました。
「はい、わたしは池田の中納言の國方のひとり姫でありましたが、最近さらわれて来て、恋しい父母や乳母に会えもせずにこのようなあさましい姿を見せるのを、あわれとお思いくださりませ」
と言って、姫君はたださめざめとお泣きになりました。
今一人の姫君はとお尋ねになると、
「はい、わたしは吉田宰相の妹姫でございましたが、なかなか死ぬこともできませんでうらめしいことです」
と嘆き、二人の姫君は共に声も惜しまず消え入るようにお泣きになりました。
頼光はこの様子をお聞きになって、
「もっともなことです、では鬼を今夜退治してあなたがたを都へお送りし、恋しいご両親に会わせて差し上げましょう。ですからわたしたちに鬼の寝所をお教えください」
と言ったので、姫君たちはお聞きになって、
「これは夢か現実だろうか」
「それならば鬼の寝所をわたしたちが、よくご案内しますのでご用意ください」
と言いました。
頼光はよかったと思われて、
「それならば皆、それぞれ武装なさるように」
と言って、そっと鬼の寝所の傍に忍び寄りました。
頼光の出で立ちは、螺鈿(らでん」)鎖の緋縅(ひおどし)の鎧を使い、三社の神の下さった星甲(ほしかぶと)に、同じ毛の獅子王の甲を重ねてつけ、ちすいと申す剣を持ち、南無や八幡大菩薩(そういえば八幡神は源氏の守り神でしたね)と心の中に祈念して進み出られました。
残る五人も思い思いの鎧を着て、いずれもおとらぬ剣を持ち、女房たちを先に立てて(女性を盾にするとは卑怯な!)、静かに忍んでいきました。広い座敷を過ぎて石橋をわたり、中の様子をみれば皆酒に酔い寝転んで、誰だととがめる鬼もいませんでした。乗り越えてご覧になると、広い座敷のその中に、鉄で屋形を建て、同じ扉に鉄の太い閂を差し立ててあり、常人の力ではなかなか中に入るすべはありませんでした。
三社の神が加勢する
隙間から見れば四方に燈を高く立て、鉄杖や逆鉾を立ててならべ、童子の姿を見ると、夜の姿へと変わり果てておりました。
その背は二丈余りで髪は赤く逆だって、髪の間から角が生えて髭も眉毛も茂り、手足は熊のようで四方へ手足を投げ出して、寝転ぶ姿を見るには、身の毛もよだつばかりでした。
ありがたいことに三神(神便鬼毒酒をくれた神様たちですね)が現れて六人の者たちに、
「よくよくここまで参った。しかし安心せよ。鬼の手足をわれわれが鎖につないで四方の柱に結えつけたから、動く様子はない。頼光は首を切れ、残る五人はあとさきに立ち回ってずたずたに切り捨てよ。問題は無い(神様がずいぶん卑怯かつ残酷なことをおっしゃいますのね……!)」
とおっしゃって、門の扉を押し開き、かき消すように消えてしまわれました(ん?ちょっと待って。頼光たち、全部神様任せでは……? 作戦も立ててもらったし、神様がいなかったら酒呑童子の寝所に入れず、周りでうろうろして終わったのでは?)。
さては三社の神々のここまで姿を表されたのかと感じ入って頼もしく思いながら、教えられた通りに頼光は頭の方に回って、ちすい(刀ですね)をするりとお抜きになって、
「南無や、三社の御神力を合わせてお与えください」
と三度礼をしてお切りになれば、鬼神は目を見開いて、
「情けない、客僧たち、いつわりはないと聞いていたのに、鬼神は邪なことを行わないというのに(鬼神に横道なきものを! の名セリフはこれです)」
と起き上がろうとしました。
しかし、手足は鎖に繋がれて起きることのできなかったので、大声を上げて叫ぶ声は、雷電いかづちが天地に響くようでした。
もとよりつわものたちの刀は鋭く、太刀の動きは早く、ずんずんとお切りになったので、首は天に舞い上がりました(ひどい)。
その首は頼光を見つけてただ一噛みにとねらったのですが、星甲に恐れをなして、頼光は無事でした。
頼光ら、茨木童子を討つ
酒呑童子の足手胴まで切り、頼光らは大庭に向かって出て行きました。
すると、あまたの鬼のその中に、茨木童子と名乗る者が、
「あるじを討つ奴らに、手並のほどを見せよう」
と言って、振り向きもせず襲い掛かりました。
綱はこの様子を見るやいなや、
「手並のほどはしらぬが、目に物見せてくれよう」
と追ったり振り払ったりしてしばし戦っていましたが、なかなか勝負は見えませんでした。
がっちり組み合って、上を下へと争う、綱の力は三百人力、茨木も力が強く綱を捕まえて押し倒しました。
頼光はこの様子をご覧になって駆けつけ、茨木童子の細首(ちょっっと待って! 茨木童子、三百人力の綱を押し倒すほどの剛力なのに細首ですって!? 萌える……)を宙に打ち落としました。
すると、石熊童子金童子そのほか門を固めた、十人ばかりの鬼たちがこの様子を見るやいなや、今は童子もおられない、どこを住処とすればいいのかと、鬼の岩屋も崩れんばかりの勢いで、喚き叫んでかかってきました。
六人の人々はこれをご覧になって、優れたやつらの手並のほどを見せようと、お習いになった剣術を使って、あちらこちらへ追い詰めて、あまたの鬼たちをことごとく退治して、しばらく息を整えておられました。
頼光が、
「女房たちを早くお出しせよ、今は子細もわからぬであろう」
と仰せになったので、この声を聴くや否や、囚われておられた女房たちは、牢屋の中から転がり出て、
「これは夢か現実か、わたしも助けてくださいませ」
とわれもわれもと手を合わせて、嘆き悲しみむ有様を物に例えるならば、罪深い罪人が獄卒の手に渡って、無間地獄に落とされたのを、地蔵菩薩の錫杖(じゃくじょう)にて、お救いになるさまも、このようなものであるのだろうかと思い知られたものでした(そこで姫たちをなぜ地獄に落とされた罪人に喩える? 姫たちに何の罪が?)。
堀河中納言の姫の嘆き
その時六人の人々は姫君を先に立て、奥の様子をご覧になれば、宮殿楼閣は玉を下げ、四季を模して、甍を並べて立てたのは、心も言葉も及ばぬほどでした。
また傍をご覧になれば、死んだ人の骨やまだ死んでいない生の人がいて、あるいは酢に漬けられた人もいて、目も当てられぬ有様のその中に、十七、八歳の上臈の、片腕を落とされ股(もも)を削がれ、まだ死んではおらず泣き悲しんでいるのがおられた。
頼光はこの様子をご覧になって、
「あの姫君は都で誰の姫であったのか」
とお聞きになった。
姫君たちはお聞きになって、
「はい、あれこそは堀河中納言の姫君でございます」
と言って急いでそばに走り寄った。
「ああ姫君、いたわしいことです。わたしたちはお坊さまたちの、鬼をことごとく退治して都へ連れて帰ってもらえるのに、あなたを一人ここに置いていくのは悲しいことです。このような恐ろしい地獄にも、御身に心が引かれて、心残りなことです」
と姫君たちは髪を撫でて、
「何事でもお心に浮かぶことがあればわれわれにお聞かせください。都に登りましたら、父母にお届けしましょう。姫君いかがでしょう」
と言えば、堀河中納言の姫君はこれを聞かれて、
「羨ましい人々ですこと。このようなあさましはかない身の、先に消えることもできずに、こんな姿を人々に、お見せする恥ずかしさよ。都に登られましたら、父母がこのことをお知りになったら、我が身のことを嘆かれるでしょう、悲しいことです。父母に形見を残すのは、父母にとって物思い、悲しみの種となるでしょうが、わたしの形見とおっしゃって、わたしの黒髪を切って持っていってください。また、この小袖は、わたしが最後の時まで着ていた小袖とおっしゃって、その黒髪を包んで、母上に差し上げて死後の菩提を弔ってくださいと、よくお伝えください。御坊さまたち、お帰りになるその前に、わたしにとどめをさしてください」
と言って、消え入るようにお泣きになりました。
頼光らの凱旋
頼光は聞かれて、
「もっともなこと。しかし、都に登ったら、父母にこのことをしっかり伝え、明日にも迎えの人をよこすでしょう。それでは」
と言って(え? 片腕落とされた状態でほっとかれたら明日までもちませんよ? 何気にひどくないですか? 苦しませるより希望どおりとどめを刺してあげた方が……)、悲しい洞穴を出て行って、谷嶺過ぎて急いでいるとほどなく、大江山の麓にある下村の在郷に着きました。
頼光が、
「このあたりの人たちよ、急いで伝馬を用意するように触れ回らせて、女房たちを都に送ってくれ(え? けが人の救助の方が先じゃないですか? 自分たちが褒められることしか考えてない?)」
といえば、このあたりの人々は、
「承知しました」
とおっしゃいました。
その時丹波国司は大宮の大臣殿と申す方でしたが、この様子を聞かれて、なんとめでたいことだと急いで飲食物を用意して差し上げました。その間に馬や乗り物で人々を都へお送りになりました。
都ではこのことを聴くやいなや、頼光の上洛を見物しようとして、ひとびとがおおさわぎをして待ち受けていました。
その中に姫をとられた池田中納言夫婦もおいでになって、会えるところまでと迎えにでられておられたのですが、頼光を見つけて、
「はやくこちらへ」
とおっしゃったので、姫君もごらんになって母上様とお泣きになりました。
母上はこの様子をご覧になって、するすると走り寄り、姫君にとりついてこれは夢か現実かと、消え入るようにお泣きになれば、中納言もお聞きになって一度別れた自分の姫に、再び会うことはなんと嬉しいことだと急いで宿所にお帰りになりました。
頼光は参内し、帝はご覧になって、計り知れぬほど感じ入りなさったのです。
帝が下さったご褒美は限りありませんでした。
それ以来、国は安全になり長く平和に治る世となりました。
かの頼光の手柄は、ほかに例の少ない武士として、帝から下々の番人に至るまで、感ぜぬものはいませんでした。