はじめに
皆さん今日は、たまなぎこと珠下(たまもと)なぎです。
はじめての方は、初めまして。
心療内科医師でゆるく作家活動をしております、珠下なぎと申します。
本日は映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』の感想です。ネタバレあり。
本作を観て私が真っ先に思い出したのは、日本各地に残る「鬼」の伝説でした。可愛らしい絵柄とは裏腹に描かれる異形との共存、迫害、そして憎しみの連鎖――。今回は映画のネタバレを交えながら、鬼伝説という視点からこの作品を読み解いてみたいと思います。
ネタバレなしの感想をご希望の方は、こちらをご覧下さい。
はじめに 皆さん今日は、たまなぎこと珠下(たまもと)なぎです。 今日も来て下さって、ありがとうございます! 今日は話題の映画『ちいかわ 人魚の島の秘密』を見てきましたので、その感想です。 ...
映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』感想①(ネタバレなし)
あらすじ+感想
人魚の島へ
「カンタンな討伐で報酬100倍! 島の名産品・スイーツが実質無料!」と、どこから見ても怪しいけれど、魅力的なチラシにつられて、島へ向かうちいかわたち。
たまなぎは動くちいかわを見るのは初めて(キャラとしてしか知らなかった)。
うさぎとちいかわがしゃべらないことも初めて知りました。でも、可愛い! ゆるい!
この世界好き! とちいかわたちの可愛さを堪能しておりました。
船の上でも勉強するちいかわ。エライじゃないですか。
ちいかわはモラ気質の人をイラつかせると聞いていたので、もっとのほほんとした怠け者キャラかと思っていましたよ。
島に着くと、さっそく歓迎モード。ずらりとならぶ屋台。
「Welcome to Shima」のアーチ。
ここで「島」が一般名詞ではなく、固有名詞であることが示唆されますね。これも色々深読みできそうです。
さて、船の上で勉強していたからか、船酔いしてしまったちいかわ。
居合わせた島民に「炭酸」を頼むも、「?」という顔をされます。
「さっぱりした飲み物」でようやく通じます。これだけでは「島民、天然かな?」くらいの感想しか湧きません。しかし、これは物語の謎が明らかになって来るあたりまで進めると、大事な伏線になっていることが分かります。
しかもこの、「島民たち」、皆「顔がない」んです。これも何かの伏線なのか。後でもう一度考えることに致しましょう。
最初に現れた秘密
美味しい食事やスイーツ、バンガローを堪能、島民たちと友好を深めるちいかわたち。
夜になって、不思議な洞窟を見つけます。
中は湖になっていて、ボートが。中に入ったちいかわたちは、美しい声で歌う巨大な人魚と、小さな二匹の人魚に出会います。
最初は襲い掛かって来たものの、敵ではないと分かって態度を和らげる人魚たち。
巨大な人魚はセイレーン。小さな人魚は本当な3匹いたが、1匹は食べられてしまった、とのこと。
それで、人魚を食べた犯人を捜しているというセイレーン。
悪者には見えませんが、歌声で蔦を操ってちいかわたちを追いかけ、「食べられたから食べちゃうの……」などと不穏当なセリフも残します。
人魚を食べた? といえば、大抵の人は「八百比丘尼」を思い出すでしょう。
不老長寿をもたらすという人魚の肉。このあたりで何やら不穏な気配がしてきます。
島民とセイレーンの対立
一夜明けて、チラシに書いてあった「討伐」の真実が明らかになります。
セイレーンが島民をさらうため、セイレーンを退治してほしくて島外に助けを求めたのだと。
しかも、本当はそこまでお金を払えるわけでもなく、島の特産品くらいしかお礼はできないけれど、本当に困っているので助けてほしいと訴える島民たち。
昨夜セイレーンから、仲間の人魚を食べられてしまった話を聞かされたばかりのちいかわたちは戸惑いますが、言い出す機会を逸してしまいます。
ちいかわたちと島民たちが一緒にいるところを見たセイレーンは豹変。ちいかわたちを敵とみなしはじめ、話も通じなくなります。
セイレーンとの攻防。その中で、セイレーンは一貫して「人魚を食べた犯人」を捜しています。どうも、人魚を食べると、体に何らかのしるしが現れるらしい。
けれどそれはちいかわたちには分かりません。ただ、人魚を食べると「永遠の命」が手に入るという情報を本で確かめます。
セイレーンに追いかけられて海に落ちかけたり、海底に監禁されたり。
セイレーンは人魚を食べた犯人が見つからないため、手当たり次第に島民を捕まえては昆布や味噌で味をつけて(!)食べていた様子。
辛くもセイレーンの魔手を逃れたちいかわたちは、なんとか全員、島民たちと合流します。
島民たちの秘密
ちいかわたちが島民たちから聞いたのは、セイレーンはある時どこかから人魚と共にやってきて、島の料理を気に入り、棲みついたとのこと。
セイレーンが歌うと、島の植物の育ちが良くなり、島民たちとセイレーンは共存していたのだと。しかしある時セイレーンが島民たちをさらうようになり、対立した。
人魚が食べられた話を島民たちにしても、大半の島民はピンとこない様子。
ちいかわたちは、歌声で蔦を操って攻撃するセイレーンをパワーダウンさせるため、「激辛カレー」を食べさせるという作戦を思いつきます。……まあ何とも平和で可愛い作戦。
カレーの準備中、ちいかわは島民の家でうろこを見つけます。人魚のうろこを。
一度は失敗したものの、激辛カレーで何とかセイレーンを撃退。「もう島民をさらわない」と約束させます。ところが、セイレーンは「見ちゃった」と独白。
これは、人魚を食べた犯人のしるし意外にあり得ませんね。
そこで島民の秘密が明らかになります。
実は島民たちのうちの二人は、釣りを楽しんでいたところ、遊んでいたセイレーンに船をひっくり返され、一人が溺れて瀕死に。
セイレーンへの恨みと、仲間を助けたい一心で、もう一人は人魚をおびき出して殺害、煮つけにして仲間に食べさせます。
生き返ったけれど、単三電池で動く、機械仕掛けの体になってしまった仲間は、自分に人魚の肉を食べさせた仲間にも人魚の肉を食べることを迫ります。嫌がるものの最後は受け入れ、二人は単三電池で動く機械仕掛けの体になったのです。永遠の命と引き換えに。
セイレーンが見つけた「人魚を食べたしるし」とは、体に現れる、乾電池を入れる穴だったのです。
最初島民が「たんさん」が分からなかったように見えたのは、「単三電池」を連想して、ドキッとし、秘密がバレたと思ってしらばっくれたのでしょうね。
もやもやするがリアルなラストシーン?
ちいかわは何となく事情を察したものの、秘密を自分の胸にしまいます。
セイレーンを追い払うことには成功したものの、「これで良かったのか」と自問するハチワレやラッコ先生。ちいかわたちは島民たちの感謝とたくさんのお土産を手に島を後にします。
最初に島民を傷つけたのはセイレーンですが、悪意があったわけではない。
しかも、仲間を助けるためとはいえ人魚をさらって食べるという残酷な復讐をしたのは島民側。
けれど、それに対して無実の島民たちを何人もさらって食べたのもセイレーン。
まさに憎しみの連鎖。
どちらも悪いとも、悪くないともいえる。そんな中で一方的にセイレーンが追放されて終わるのは、確かにもやもやする。
しかし、「善悪は簡単に割り切れないんだよ」というリアリティを含んだ、一応平和的なラストシーン?から、エンドロールへ突入するのですが……
エンドロール後、真のラストシーンはまさに恐怖
「エンドロールの後にしかけがあるらしい」と聞いて、最後まで粘ったたまなぎ。(もともと明るくなるまで席にいるタイプではある)
人魚の肉を食べた二人は、島を後にし、別の小島に移住をきめたようです。
家にふさわしそうな洞窟も見つけ、永遠の命を持った二人だけで生きていく決意をしたよう。
それは、セイレーンの怒りから逃れるためなのか、他の島民にこれ以上迷惑をかけたくないと思ったからなのか。あるいは贖罪の念からなのか。それは分かりません。
しかし、二人が移住した島がだんだん遠景になっていく画面では、一直線にその島を目指すセイレーンと、お供の二匹の人魚の姿が。
そこで映画は本当のラストを迎えます。
怖い。これはマジで怖かったです。
鬼伝説との類似
鬼とセイレーン
普段からたまなぎをご存じの方には今更ご説明するのもくどいですが、たまなぎは鬼が好きで、鬼に関連した小説作品を多く発表しています。
鬼は、権力にまつろわぬもの、社会から放逐されたもの。権力者側から描かれた正史には単純な「悪」として描かれることが多いのですが、鬼側から見ると、また違った歴史の面が見えてくることが多いからです。
それはさておいて。今回はたまなぎはセイレーンに、鬼の姿を重ねてしまいました。
鬼というものは、製鉄の技術を持った民や外国人、朝廷に従わなかった地方の為政者など、複数のルーツを持ちます。
たまなぎが今回セイレーンと鬼との共通点として注目したのは、「異形のものであること」「特殊な力を持っていること」。
鬼のルーツの一つとされる製鉄民は、高度な製鉄の技術を持ち、豊かさと武力を人々にもたらしました。しかし、その力ゆえに畏れられ、律令制のもとでは、製鉄などの技術を担った人々の一部は「雑戸」と呼ばれる身分に置かれました。これは良民と賤民の中間に位置する身分で、一般の農民である良民よりも低く扱われるものでした。その後も差別は続き、人さらいなどの汚名を着せられるようになります。
日本で最も有名な鬼である、大江山の酒呑童子も、鉄でできた御殿に住み、製鉄の技術を持っていたことが伝説に示されています。大江山には酒呑童子以前も鬼が棲んでいた伝説があり、製鉄民が暮らしていた様子がうかがえますが、平安時代の酒呑童子伝説では、「大江山の鬼が人をさらうので武士たちが退治に出かけた」ことになっています。酒呑童子伝説については詳しくは↓
はじめに 皆さん今日は、珠下なぎです。 ブログでは、お久しぶりです(笑)。 前回、前々回では7月(多分)発売のたまなぎの新作『大江山恋絵巻~人の巻~』のご紹介をさせて頂きました。 前回、 ...
たまなぎの新刊『大江山恋絵巻~人の巻~』と酒呑童子伝説
また、桃太郎伝説のもとになった岡山県の「温羅」や、東北の「悪路王」のように、大和朝廷に従わなかった地域の為政者に「鬼」のレッテルを貼り、討伐の対象とした例もあります。
つまり、支配者側から見れば都合の悪い集団だったために、「鬼が悪事を働いた」とする物語が作られた可能性も見えてきます。
もちろん、支配者側と対立していたのですから、暴力を含むもめごとは実在した可能性も高いのですが、それでも「一方的に鬼が悪」という物語は、支配者側から意識的に語られたものなのです。
今回の映画のセイレーンも、最初は歌声と植物を育てる力で島民と共存しています。しかし、やがて対立し、悪とされ迫害されるようになります。しかし、その背景には「仲間の人魚を殺され、食べられた」という深い悲しみがあります。だからこそ、一方的に「悪」と断じきれない存在として描かれているのでしょう。
こうしてみると、ちいかわのセイレーンと日本の鬼伝説に共通点が見えてきませんか?
少年漫画の王道パターンと逆の、リアルな物語
この過程は、一般的な少年漫画などのパターンと逆を行きます。
ジャンプの漫画などは、最初は敵として出会い、対立するが、やがて認め合い、話し合って味方になっていくというパターンが多いですね。
しかし実際の社会では、むしろ逆のパターンが多い。異質のものと最初は何とか折り合いをつけてやっていても、やがてささいな違いが軋轢をうみ、やがて取り返しのつかない対立へと向かい、どちらかが滅びるまで続く。
異質のものと分かり合い、共存することの難しさ。
そしてラストシーンでは、憎しみの連鎖を止めることの困難さも示唆しているように思えました。
島民に顔がないこと、「島」という一般名詞が固有名詞のように使われているのも、まるでこの物語が、「誰にも、どこでも」起こりうることだ、と訴えているようにも読み取れました。
顔が描かれていれば、特定の誰かの物語になります。しかし顔がないことで、「これはどこの誰でも起こりうる話」になっている。私たち自身も、島民にもセイレーンにもなり得るという普遍性を感じました。
皆さんはいかがだったでしょうか。
さいごに
『ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、子供向けの可愛い絵柄ながら、勧善懲悪ではない複雑なストーリーを持ち、現実社会の難しさを反映している、テーマ性の高い物語でした。
「怖い」「ミステリー」との感想も多く上がっていましたが、たまなぎはむしろ、日本の鬼伝説と類似した、「異質なものと分かり合えず、対立せざるを得なくなった悲劇を描いた、哀しい物語」との感想を強く抱きました。
もっとも、他にも色々な見方が出来る物語のようなので、見た人によってさまざまな方向に解釈が広がっていきそうなのも、作品の魅力の一つかもしれません。
もしこの記事を読んで、たまなぎの小説世界に関心を持って下さる方がいらっしゃったら、是非こちらをご覧下さい。↓
どの作品も電子版と紙書籍版あり、kindleunlimitedに対応しています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。