はじめに
皆さん今日は、たまなぎこと珠下(たまもと)なぎです。
初めての方は、初めまして。心療内科医でゆるく作家活動をしております、珠下なぎと申します。
ブログご訪問下さり、ありがとうございます!
さて、本物がもうすぐ始まることもあって、非常にタイムリーな映画『教皇選挙』。
大変すばらしい映画でしたので、先日二回目を見てまいりました。
今回はネタバレ全開で感想を綴っていきます。
ネタバレなし感想はこちら↓
映画の概要
登場人物
前回のネタバレなしブログでも書きましたが、主な登場人物は次のとおりです。彼らはほぼ、教皇の有力候補と一致します。
ローレンス……主人公。教皇選挙を取り仕切ることになった首席枢機卿。
ベリーニ……主人公の親友。バチカン教区のリベラル派急先鋒。
トランブレ……カナダ・モントリオール教区の穏健保守派。
テデスコ……ベネチア教区、伝統保守主義。
アデイエミ……初のアフリカ系教皇を狙う。
ベニテス……前教皇が生前に任命していた、カブール教区の枢機卿。バチカンでは新顔。謎が多い。
あらすじ
前回はネタバレなしでしたので結末含め詳細は書きませんでしたが、今回はネタバレしまくります。今からご覧になる方は、ここでストップして下さい!
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教皇選挙の始まり
教皇が心臓発作で急死するところから物語は始まります。首席枢機卿である主人公・ローレンスの肩には、教皇選挙を取り仕切るという重圧がのしかかります。
教皇選挙の準備に追われるバチカンに、新しい枢機卿が出現。ベニテスというメキシコ人の枢機卿。各地の紛争地域で聖職を務めたり、性暴力にあった女性のために病院を作ったりし、最後はカブール(アフガニスタンの首都)で枢機卿に任じられたという異色の経歴に加え、教皇が生前に秘密裏に枢機卿に任命した人物です。
ローレンスを含めバチカンの人々にとっては、ベニテスは初対面。しかも、健康問題を抱えているらしいという情報もあり、謎の多い人物。しかし枢機卿に任命されたいきさつに瑕疵はなく、本人も物静かながらも芯の強さを感じさせる人物。ローレンスはベニテスを新しい仲間として迎え入れます。
一方、生前の教皇に最後に会ったのは、穏健保守派のトランブレ。ところが、その時にトランブレを教皇が直に解任した、という情報が入ってきます。もちろん、トランブレは否定しますが、疑惑は残ります。
様々な不安要素を抱えたまま、教皇選挙が幕を開けます。
いざ、始まる教皇選挙
主人公自身も有力候補ではあるのですが、本人には教皇になるつもりはなく、親友のベリーニを教皇にしようと尽力します。ベリーニはリベラル派の急先鋒。教皇選挙が開始されて間もなく、主人公を含めた考えの近い者同士(リベラル派)の会合で、はっきりと言い切ります。
「寛容と多様性を大事にしたい。離婚も同性婚も常識の範囲で認めたい。教皇庁ではもっと女性に活躍してほしい」
日本人には感覚的にはピンとこないかもしれませんが、これはカトリックの中ではかなりリベラルで反発を招きかねない主張。しかし、ベリーニははっきりとこう言って、「女性について言及するには慎重に」とたしなめられたりもします。この女性についてのやりとりは、カトリックの内部が徹底して男尊女卑であることを示しているのですが、振り返ってみると、終盤のある出来事の伏線にもなっています。
いざ投票が開始されると、情勢は主人公の予想を大きく裏切ります。ベリーニは思ったほど票を集められず、保守派が優勢に。
教皇になるには、全投票数の3分の2の得票という厳しい条件が必要。該当者がいなかった時は、投票のやり直し。教皇が決まるまで枢機卿たちは軟禁状態に置かれますから、回数が進むにつれて、有力と思われる候補者に得票が集まっていく傾向があります。
一人目の脱落
回数が重なるにつれ、初のアフリカ系教皇を狙うアデイエミが票を集めていきます。この人はアフリカ系ではあるものの、同性愛者を迫害するなど、中身は保守派。主人公をはじめリベラル派の枢機卿たちにとっては、教皇になって欲しくないけれど、アフリカ系という属性故に攻めにくい人物でもあります。
ところが、枢機卿たちの身の回りの世話をするシスターたちの中で、配置転換で呼び寄せられたばかりの女性が、アデイエミと昔関係を持ち、彼の子を産んでいたことが発覚。大きな禁忌を犯したことが明確になった彼に、ローレンスは「あなたは教皇にはなれない」と宣告。アデイエミは得票を減らしはじめ、脱落します。
二人目の脱落
代わって得票を伸ばした始めたのが、保守派の二人。ベリーニが教皇になるのはもう無理だと考えたローレンスは、伝統保守派のテデスコよりはましだと、穏健保守派のトランブレへの投票を呼びかけることにします。しかし、ローレンスの中には、トランブレへの拭い去れない疑惑がありました。
ローレンスは、禁忌を犯して亡くなった教皇の部屋に侵入、トランブレが金で票を買っていたことに対する報告書を探し出し、公表します。
アデイエミの子を産んだシスターを教皇庁へ移動させ、間接的にアデイエミを脱落させるように仕組んだのもトランブレだったことをシスターが告白。トランブレも脱落します。
ローレンスの覚悟とクライマックス
伝統保守派のテデスコよりはましだと踏んでいたトランブレの脱落。そしてベリーニは思ったように票を集められず、むしろ減らしている。このままではテデスコが教皇になってしまう。
一方、首席枢機卿として教皇選挙を仕切り、目の前の出来事にひとつひとつ誠実に対処していくローレンスにも支持が集まっていきます。謎の多い新顔の枢機卿・ベニテスも、ずっとローレンスに投票し続けていたことを告白。
ローレンスはついに、自分が教皇の座を狙う覚悟を固め、初めて自分に投票します。
ところが、ローレンスが初めての自分への投票をした瞬間。
外で大きな爆発音が起き、システィーナ礼拝堂の窓ガラスが割れます。差し込む光と共に何かのかけらが窓から降り注ぎ、ローレンスは床に倒れます。軽傷ではあったものの、ローレンスを始めとして数名の枢機卿が怪我をします。
避難した枢機卿たちに知らされたのは、ヨーロッパ各地で同時多発テロが起き、多数の死傷者が出たという、恐ろしい知らせ。
伝統保守派のテデスコは勢いづきます。「我らがイスラム教徒に寛容であっても、彼らは我らの領域を侵食するだけ。戦わなければならない!」
その場は騒然となります。激しく言い争う人々の中で、一人の人物が立ち上がります。
「皆さんは戦争をご存じですか」と静かに語り掛けたのは、新顔のベニテス枢機卿。異教徒の中で、騒乱の中で、人々に寄り添い、信仰を貫いてきた人物。
「皆さんは何と戦うというのですか」と彼は問いかけます。戦争を、そのむごたらしさを肌身で知っているからこそ、彼の言葉は重みを持ちます。
「武器を持って戦うのではなく、心で戦うのだ。教会は常に前進すべきだ」と主張する彼。現実の戦争を知らないくせに「戦うべき」などといきり立つ枢機卿たちを、ベニテス枢機卿は「つまらぬ集団」と一刀両断。枢機卿たちは、皆その言葉の前で沈黙します。
ついに選ばれた教皇と、その驚くべき秘密
その後、最初に行われた投票では、ついに教皇が選ばれたことが示唆されます。首席枢機卿のローレンスが、「選挙の結果を受け入れますか?」と尋ねます。
ローレンスの視線の先にいたのは、あのベニテス枢機卿。教皇選挙が始まる直前まで、参加資格があることすら誰も知らなかったあの枢機卿でした。教皇名は「インノケンティウス」と、彼自身が選びます。
ローレンスは無事に教皇が選ばれたことに安堵します。ところが、即位の直前、驚くような情報がローレンスのもとにもたらされます。
慌ててその情報を確かめるべく、ローレンスは新教皇のもとに向かいます。そこで明らかにされたのは、新教皇が、XXの染色体と、子宮と卵巣を持つ人物――仮性半陰陽の女性であるということ。
これは、体と心の性が一致しない性同一性障害とは全く違います。染色体と内性器が女性であるけれども、外見は男性であり、戸籍も性自認も男性。新教皇は、急性虫垂炎・俗にいう盲腸炎で手術を受けた際に子宮と卵巣があることが分かり、そこで初めて判明したということでした。
しかも、前教皇はそれを知っていて、彼を枢機卿に任命したと。カトリックでは、女性は聖職には就けません。前教皇は、「女性の部分を切除すれば問題ない」と、ベニテス枢機卿にスイスまでの渡航費用と手術代を渡していました。これは、リベラルといえでもカトリックの枢機卿にとってはかなり衝撃的なこと。ローレンスもショックを受けた様子が伝わります。
しかし、ベニテス枢機卿が選んだ道は、前教皇よりもさらに進んだものでした。彼はなんと、手術を受けない道を選んだのです。
「神の御業を変える方が罪深い」彼はそう言い、ありのままの姿で教皇の位に着いたのでした。ベリーニ枢機卿の「教皇庁ではもっと女性に活躍してもらいたい」の発言の伏線は、ここで驚くべき形で回収されることになりました。
感想とみどころ
主人公の人物像
次々と変わる情勢、張り巡らされた伏線と、ミステリーとしても非常に完成度の高い本作ですが、主人公ローレンスの人物像も、この作品の見どころの一つです。
主人公は決して聖人ではなく、信仰にも迷いを持ち、悩む人物です。教皇選挙が始まる直前の演説で、ローレンスはこう述べます。
「『確信』は敵」だと。自分が常に正しいと確信することから、敵や軋轢が生まれるのだと。常に自分を疑わねばならないと。
しかし、ローレンスは、常に正しい道を探り、目の前の問題に誠実に対応しようとします。また、温かく優しい心の持ち主でもあります。「たった一度の過ちで今までのことが無駄になるのか」と泣くアデイエミに、「教皇にはなれない」と厳しく告げながらも、共に祈り、その嘆きに寄り添います。
次善の策としてトランブレ教皇の誕生を画策しようとした際も、トランブレへの疑惑をそのままにせず、前教皇の部屋に侵入するという禁忌を冒してまで、真実を探ろうとします。
主人公ローレンスは、このように、人間らしくも非常に魅力的で、「まっとうな価値観」を持つ人物です。
この作品の根底には「まっとうな価値観」が流れており、それが大きな魅力の一つとなっているように感じました。
2回目鑑賞で気づいたこと
この作品には、公式ホームページがあり、鑑賞後により理解を深めるための「ネタバレ注意・徹底解説」ページが設けられています。詳しい解説はこちらに譲るとして、たまなぎが印象に残ったところ、2回目鑑賞で気づいたところなどをお話します。
窓から差し込む光
クライマックスでテロが起こる時、システィーナ礼拝堂の窓が割れます。教皇が選出された時、窓はまだ修理されておらず、閉鎖された空間に、壊れた窓から一条の光が差し込む構図が生まれます。これは、バチカンに新しい、後に明らかになるように新しい属性を持った教皇が選出されたことを暗示しているように見えます。
そして、新たな希望をも感じさせる演出になっているようにも思われました。
新教皇・インノケンティウスの意味
たまなぎは最初に鑑賞した時に、なぜベニテス枢機卿がこの教皇名を名乗ったのかが分かりませんでした。インノケンティウス4世……? カノッサの屈辱だっけ……?(カノッサの屈辱は教皇グレゴリウス7世と皇帝ハインリヒ4世です。たまなぎの記憶違いです)
2回目に鑑賞した際、ベニテス枢機卿が教皇名を聞かれて、「インノケンティウス」と答えた時の英語字幕を見て、やっと謎が解けました。
"innocence"。無垢、純真、純粋、無罪。
「神が作り給うたままの、純粋な姿」で教皇位につくことを選んだ彼らしい。「神の御業を変える方が罪深い」と言った、彼のセリフとも一致しています。
現実の『教皇選挙』の顔ぶれ
さて、2025年5月現在、現実世界でもフランシスコ教皇の死去を受けて、教皇選挙が始まるようです。主な有力候補者は次のとおり。
ピエトロ・パロリン……フランシスコ教皇の下で国務長官を務めた。改革派と保守派が折り合える人物と見られている。
マッテオ・ズッピ……ロシア・ウクライナ戦争の停戦に向けた仲介役として教皇から特使に任命された人物。
ペーテル・エルドー……ハンガリー出身。保守派の有力候補。
ルイス・アントニオ・タグレ……フィリピン出身。多様性を重視し、貧困問題に強い関心を持つ。
フリドリン・アンボンゴ・ベズング……アフリカ出身で、アフリカ地域に影響力を持つ。(4月29日朝日新聞朝刊より)
なんだか、映画の顔ぶれとちょっと似ていますね。結果がどうなるか、今後が注目されます。
まとめ
・映画『教皇選挙』のあらすじを紹介した。
・映画のみどころは、ミステリーとしての完成度の高さに加え、魅力的な主人公像、根底に流れる真っ当な価値観、そして未来への希望を感じさせるラストである。
・現実でも間もなく教皇選挙が始まるが、映画の顔ぶれと共通しているように思える。
最後までお読み下さり、ありがとうございました。