『大江山恋絵巻』 物語 作品解説&エピソード

御伽草子『酒呑童子』現代語全訳④

はじめに

皆さん今日は、たまなぎこと珠下なぎです。

今日も来て下さって、ありがとうございます。

今日はたまなぎによる御伽草子『酒吞童子』現代語訳4回目です。

 

前回までのあらすじ

池田中納言国方の姫が鬼にさらわれ、帝は源頼光らに鬼退治の命を下した。

頼光らは正攻法では勝てそうにないのでとりあえず山伏に変装して大江山に向かうが、途中で三社の神が作戦を授けてくれたり、鬼に囚われた花園中納言の姫君が内情を教えてくれたりしたおかげで、何とか酒呑童子の目をくらませ、宴に紛れ込んで酒呑童子に鬼だけに効く毒の酒・神便鬼毒酒を飲ませることに成功する。

 

酒呑童子の昔話

童子はあまりの嬉しさに、酔ってこんなふうに申しました。

「わたしの昔話をお聞かせしよう。本国は越後のもので、山寺育ちの稚児であったが、法師に恨みがあって(ここちょっとひっかかったたまなぎ。酒呑童子は美貌の稚児だったということですから、まさか……)、数多くの法師を刺殺し、その後に比叡の山に着いた。わたしの住む山に違いないと思ったが、伝教という法師が仏たちを味方につけて、私の立つ杣(注:材木を切り出す山)を追い出したのだ。力で敵わずいったん山を出て、またこの峯に住んだが、今度は弘法大師というつまらない者が、私を神仏の法力で閉じこめてここをも追い出したので、力が及ばないでいたところだったが、今はその法師もいない。そして高野山で禅定に入った。それで今はここに帰ってきてなんの支障もない。

わたしは都から私が欲しいと思った高貴の女性たちを呼び寄せて、思いのままに召し使っている、座敷の様子をご覧あれ。瑠璃の宮殿が玉を垂れ、甍を並べて立て置いて、あらゆる草木が目の前にあり、春かと思えば夏もあり、秋かと思えば冬もある。このような座敷のその中に、鉄の御所という、鉄の館を建て、夜にもなればその中で、女房たちを集めおいて、手足をさすらせ寝起きしている。

いかなる天皇の身であったとしても、わたしの暮らしに勝るものはおるまい。しかしながら気がかりなのは、都の中でも隠れなき、頼光と申す大悪人の強者である。力は日本に並ぶものがないという。また、頼光の郎党に、貞光、末武、公時、綱、保昌、いずれも文武両道の強者である(文はどうだか)。これら六人の者こそが心にかかっているのだ。

それはどうしてかと申すには、私が召し使っている茨木童子という鬼を、都へ使いに上らせた時、七条の堀川でかの綱と渡り合ったのだ。茨木はやがて心得て、女の姿に変身して、綱のあたりに立ち寄って、もとどりをむんずと掴み、掴んでこようとしたところを、綱はこの様子を見て、三尺五寸の刀をするりと抜いて、茨木の片腕をすっぱりと切り落とした、色々策をめぐらせて、腕を取り返し、今はなんの支障もない(御伽草子版では綱と茨木童子の攻防は酒呑童子が生きている間ということになっていますね)。あいつらが面倒なので、わたしは都に行くことはしないのだ」

 

酒呑童子、頼光を疑う

その後酒呑童子は、頼光のお姿を目も逸らさずじっと眺めて、

「どうも不思議な人々だ。あなたの目をよく見ると、頼光でいらっしゃる。さても、その次にいるのは、茨木の腕を切った綱ではないか。残る四人の人々は、定光末武公時や、保昌だと思われるのだ。わられが見る目に間違いはあるまい。うっとうしいこと、お立ちになれ。ここにある鬼たちよ、油断して怪我をするなよ。われらも参るぞ」

と、顔色を変えて騒ぎ立てた。

頼光はこの様子をご覧になって、ここで言い訳しそこなったら大変なことだとお思いになって、少しも騒がない様子で、からからと笑った(内心冷や汗たらたらだったはず)。

「さても嬉しいおっしゃりようだ。日本一の強者に山伏が似ているとは。その頼光も末武も、名前を聞くのも初めてで、まして会ったこともない。ただ、今仰せをきけば、悪逆無道の人のようだ。ああ、ひどいことだ、そのような人には似るはずもあるまい。私たちの行のならいとして、物の命を助けんため、山路を家とすることも、飢えた虎狼に身を与えることもある。

釈迦牟尼は、心を持つものも持たないものも救うために、過去世において雪山童子と名をつけられて、諸国を修行においでになった。ある時山道をお通りになれば、深い谷のそこから、何者とも知れないが諸行無常と唱えていたので、谷に下ってご覧になると、頭が八つに足が九つある、さも恐ろしい鬼があった。

雪山童子はかれに近づいて、

『ただ今唱えた半分の経文を私に授けてください』

と言った。鬼神が答えていうには、

『授けることは簡単だが、飢えており力が出ない。人の身を食えば、唱えよう』

と申した。雪山童子が答えて言うには、

『それは簡単なことだ。残りの経文を唱えてくれたら、わたしが餌食になりましょう』

と仰せになったので、鬼神は大いに喜んで、残りの経文を唱えた。

『是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽』

と唱えたので、雪山童子はこれをこれを授かってああありがたいことだと礼をして、鬼神の口にお入りなると、たちまち菩薩が現れた。鬼神はすなわち毘盧舎那仏であり、雪山童子は釈迦仏であった。

又、ある時はこれこそ、鳩と同じ重さの我が身を鷹に変じた帝釈天に与えたのも、これは皆生きるものを助ける為であり、ここにある山伏も同じ行を行うものでございますれば、経文をひとつお授けになって、早く命をお取りなさい。露や塵ほども惜しいとは思いませぬ」

と、もっともらしくおっしゃったので、童子はこれに騙されて、表情を直し、

「仰せをきけばありがたいことだ。あいつらがここまではまさか来るまいと思っていたが、常に心にかかっているため、酔っても本性を忘れまいとしたのだ、ご持参の酒に酔ったただの繰り言とお思いなされ。赤いのは酒のためじゃ。鬼とお思いなさるなよ。私もそなたらのお姿は、ぱっと見には恐ろしいけれど慣れれば可愛らしい山伏だ」

と、歌い奏でた。

 

神便鬼毒酒、鬼たちを前後不覚に陥らせる

心を打ちとけ酒を指したり受けたりしながら呑むうちに、これは神便鬼毒の酒であるから、酒呑童子の五臓六腑に染み渡り、酒呑童子は心も姿も乱れて、

「どうか居合わせた鬼どもよ、このように珍しいお酒を一つ御前に頂いて、お客をお慰めしろ、ひとさし舞え」

とおっしゃった。

「承知しました」

と鬼たちが立つところを、頼光はこの様子をご覧になって、

「まずお酒を差し上げましょう」

と言って居並ぶ鬼たちに例の酒を振る舞われれば、酒が五臓六腑に染み渡り、前後不覚に陥ってしまった。けれどその中に、石熊童子はさっと立ち上がって舞っていた。

「都よりどんな人が迷い来て、酒や肴の餌食となるのだろう、面白い」

と押し返し、2、3回は舞を奏でた。この心をよく聞けば、ここにいる山伏たちを、酒や肴にしてやろうとの歌の心だと分かった。

やがて頼光がお酌に立たれた。童子が受けた盃を綱がこの様子を見て、さっと立って舞ったのである。

「年月を重ねて鬼の岩屋に春が来て、風を誘って花を散らそうと言うのだろうか、面白いことだ」

とこれもまた押し返して2、3便舞った。この歌の心持ちはここにある鬼どもを嵐に花の散るごとくに滅ぼそうという意味であったが、歌の心を鬼は少しも知らず、ああ面白いと感じ入って、次第次第にに酔い潰れていった。

「居合わせた鬼どもよ、お客様たちをよくお慰めしろ、わたしのかわりに二人の姫を残していく。それでしばらくお休みなさい。明日またお会いしよう」

と言って童子は奥に入ってしまった。残る鬼たちも童子のお帰りになったのを見て、あちこちに寝転がっているのはさながら死人のようであった(あああああ………)。

 

まとめ

・酒呑童子は頼光らに自分の昔話や、茨木童子が綱に腕を斬られた話を語る。話しているうちに、酒呑童子は頼光らの正体に気づきそうになるが、頼光は(どこで仕入れた話か)仏の前世の話をしてその場を切り抜ける。

・頼光らは酒呑童子のみならず、家来の鬼たちにも神便鬼毒酒を飲ませて前後不覚に陥らせてしまう。酒呑童子は酒に酔い、自室へ姿を消す。

 

 

 

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