『遠の朝廷にオニが舞う』 作品解説&エピソード

『遠の朝廷にオニが舞う』の世界㉑大宰府と古代の疫神信仰その1(by 珠下なぎ)

皆さんこんにちは、珠下なぎです。

 

日本におけるもっとも古い形のオニ、疫神信仰から始まって、様々な形のオニを紹介してまいりましたが、本日は作品とも関連して、大宰府に残っていた古代の疫神信仰についてお話したいと思います。

 

大宰府政庁の西北に、坂本八幡という小さな神社があります。

こちらは大宰帥(大宰府の長官)の邸宅跡とされ、新元号「令和」が発表されたときは、令和の起源となった万葉集の歌が詠まれた場所だとされてもてはやされました。

現在は「令和発祥の地」として、沢山の人が訪れる、観光地となりました。

 

ところが、実際にこの土地を発掘してみると、出てくるのは7世紀後半の土馬(土の焼き物でできた馬)や、8世紀の移動式竈(かまど)のミニチュアなどの祭祀道具で、この場所が祭祀上重要な場所であることが分かるのです。

 

土馬は水霊祭祀、祈雨祭祀と関りがあるとされる一方で、行疫神・つまり疫病を運ぶ神という説があります。

 

実際に行ってみると分かりますが、この場所は小高い丘になっていて、大宰府政庁を一望でき、緩やかな下り坂は水城に続いています。

 

つまり、この場所は大宰府にとって、「内と外との境界線」に当たるわけです。

 

しかも驚くことに、この場所で発見された土馬は、すべて脚を折られているのです!

これはどういうことでしょう?

 

続きはまた次回、お話したいと思います。

最後まで読んで下さって、ありがとうございました。

 

 

 

 

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