はじめに
皆さん今日は、たまなぎこと珠下(たまもと)なぎです。
初めての方は、初めまして。心療内科医でゆるく作家活動をしております、珠下なぎと申します。
ブログご訪問下さり、ありがとうございます!
今日もまたベルばら記事です。ベルばらについてだけでなく、創作一般について考えたこともつづっています。
昭和、令和のコンプライアンスについて考えたきっかけ
令和劇場版『ベルサイユのばら』が、おそらく令和的コンプライアンスに基づいて、アンドレのやらかしシーンをカットしていたことは初期から指摘されていました。
このシーンは、昭和ではしっかり、というより、原作よりさらに暴力的に描かれており、「昭和の時代にはコンプライアスとかなかったから仕方ないかな……」と漠然と思っていました。
ところが最近、昭和の時代は昭和の時代で、当時のコンプライアンス基準で、原作を改変していたらしいという情報をXで目にする機会があり、その考えは改めざるを得ませんでした。
昭和と令和のアニメについてはいままで色々な角度から比較や検証を行い、それでもやはり昭和アニメの、原作の核を改変したことは原作ファンからは受け入れられない、という結論に達していました。しかし、昭和の改変が当時のコンプライアンスに基づくもの、ということから考えると、また違ったものが見えてきそうな気がしましたので記事にすることにしました。
そもそもコンプライアスとは
そもそも「コンプライアンス」とは厳密には「法令遵守」という意味です。それから派生して、現在では、法律に限らず「企業倫理や社会規範に従うこと」という広い意味で使われている言葉です。
この「企業倫理や社会規範」というのは、時代によって変化するもの。以前の記事で検証したように、1979年当時と今では時代が違い、「社会規範」についてもかなりの意識の違いがありました。
社会規範は、暴力、性描写、ジェンダー表現、人権など広い範囲を含みます。旧アニメ版は男女雇用機会均等法の施行以前で、同性愛者が差別的にお笑いのネタにされていたような時代に放送されました。また、放送年と同年にはさだまさし氏の『関白宣言』が大ヒットするような時代でもありました。
これらを考慮して、今回は「コンプライアンス」の視点から、旧アニメと劇場版を比較し、それら考えたことを述べていきたいと思います。
時代背景と社会的規範
旧アニメ(1979年)
放送環境: 1970年代の日本では、アニメの放送基準は現在ほど厳格ではなく、暴力や性的な合意、ジェンダーに関する表現について、現代と比べて緩やかな規制でした。視聴者層も子供から大人まで幅広く、過激な描写があっても物語の一部として許容される傾向がありました。
社会的規範: フェミニズムやLGBTQ+の権利、マイノリティの描写に関する議論は現在ほど一般的ではなく、ステレオタイプなキャラクター描写や異性愛規範的な恋愛描写が主流でした。フランス革命を背景にした作品であるため、階級差別や政治的暴力もテーマとして扱われましたが、現代のようなセンシティブな視点での批判は少なかったのではないかと思われます。
しかし、当時は過激化した学生運動が終焉を迎えた直後の時代。「過激な左翼的なもの」については現代よりも過敏になっていた可能性があります。また、男女の共働きは一般的ではなく、婚前の男女の恋愛についても、今より厳しい目が向けられていました。
具体例:
オスカルへの長年の片思いをこじらせ、アンドレが暴走するシーンでは、原作では「思いを告白し、思い余って実力行使」となっていますが、旧アニメ版では「無言の実力行使、その後の謝罪と告白」となっており、原作よりも暴力的な描写になっています。同意のない行為やそれを思わせる描写は現在はテレビ放送においては細かい配慮がなされますが、この時代はそれがなかったことが分かります。
一方、アンドレとオスカルが結ばれるシーンでは、原作ではオスカルがアンドレを部屋に誘うことになっていますが、こちらは野外でアンドレにオスカルが愛を告白、そのままの流れで結ばれることになっています。ここは、Wikipediaによるとこういうことらしいです。
オスカルとアンドレが相思相愛になってから一夜を共にするまで幾らか間があった原作とは異なり、身も心も結ばれるアニメでの唯一の機会である第37話制作の際は「きれいな演出を」という制作側の意向を受け、通常1週間の打ち合わせを3週間かけた。激論の末、この回の脚本担当だった杉江慧子の推す、原作とは異なるホタルの幻想的シーンが決定された。原作の結ばれ方だと貴族の令嬢が従僕を部屋に連れ込む形で不自然であり、女性の側から告白するにはそれなりの準備と背景と気持ちが必要であるというのが、杉江の論拠である[79]。
「貴族の令嬢が従僕を連れ込むのは不自然」。原作を読めばそのようなことはないのでは分かるのですが、当時の制作陣は当時のコンプライアンスに基づき、慎重にこのシーンを作ったことが分かります。当時、マーガレット連載時も二人が結ばれるシーンについて、保護者達から苦情が殺到したという話もあります。それだけ、結婚前の男女については厳しい目が向けられていたことの証左かもしれません。
最後に、バスティーユ陥落の白旗をオスカルが見なかった件についても、政治的な観点から配慮がなされた、という情報もあります(Xでの業界の方からの情報ですので不確かではあります)。このあたりも、当時なりのコンプライアンスに引っかかった、ということなのかもしれません。
令和劇場版(2025年)
放送環境: 2020年代の日本では、メディアのコンプライアンス基準が厳格化し、視聴者の多様性や感受性を考慮した表現が求められています。SNSの普及により、視聴者の反応が即座にフィードバックされ、炎上リスクを避けるため、制作側は事前に倫理的配慮を徹底します。特に劇場版は国際市場も意識しており、グローバルな視点でのコンプライアンス(例: ハリウッドのダイバーシティ基準など)も影響しているのではないかと思われます。
社会的規範: 現代ではジェンダー平等、LGBTQ+の包摂、マイノリティの尊重、トラウマやメンタルヘルスへの配慮が重視されます。性的同意も厳しく問われる時代です。紛争や暴力描写も、現代の政治的文脈や視聴者の心理的影響を考慮して調整されることが求められます。
具体例:
最も令和的コンプライアンスに引っかかったとされるのは、「アンドレのやらかしシーン」でしょう。これは、性的同意のない実力行使ですので、現在では避けられるべきシーンであり、このシーンがなくとも成り立つようにストーリーが改変されていました。
一方、オスカルとアンドレが結ばれるシーン、オスカルが出動後衛兵隊を率いて民衆に合流するシーン、アンドレの死、バスティーユ陥落を見届けてのオスカルの死は、改変されることなく原作どおりに描かれています。ここは、昭和時代と違い、令和的には問題ないと受け止められたのでしょう。
テーマと表現の違い
旧アニメ
原作の革命や愛のテーマを、視聴者へのエンターテインメント性を重視して脚色。オスカルやマリーの悲劇性、革命の激情が誇張され、ドラマチックな演出が優先されました。
コンプライアンスの観点では、現代では問題視される可能性のある描写(例:アンドレのやらかし、女性差別的表現)が含まれていました。
Xの投稿によれば、旧アニメは原作とテーマやキャラ設定が異なり、一部のファンからは「別物」と見なされています。
令和劇場版
原作漫画に忠実なアプローチを採用し、原作者である池田理代子氏が監修として関与。原作者が旧アニメや宝塚版に距離を置いたのに対し、劇場版を賞賛していることから、原作の意図や現代の価値観に沿った改変が施されたと考えられます。
原作のテーマや意図を損じることなく、現代の価値観に沿って問題のあるところは改変された令和劇場版は、原作ファンにとっても、現代の新規のファンにとっても大変好評で、広く受け入れられているようです。
制作環境とコンプライアンス対応
旧アニメ
制作会社(トムス・エンタテインメント)は、当時の商業アニメの枠組みで、視聴率や人気を優先。コンプライアンスチェックは現代ほど厳格ではなく、原作からの改変も商業的判断に基づいて行われました。
規制は主に放送コード(例: 過激な暴力や性的描写の制限)に準拠していればよく、文化的・倫理的な議論は二次的なものでした。
令和劇場版:
制作会社(MAPPA傘下のコントレール)は、現代のアニメ業界の基準に従い、企画段階からコンプライアンスを意識。国際的な配信や劇場公開を前提に、グローバルな倫理基準(例: ダイバーシティ、インクルージョン)に対応しました。
SNSやレビューサイトでの反応を予測し、事前に炎上リスクを軽減する戦略が取られた可能性があります。Xの投稿では、劇場版が原作に忠実であることがファンに好評で、旧アニメとの違いが肯定的に受け止められている様子が伺えます。
視聴者反応とコンプライアンスの影響
旧アニメ
当時の視聴者は、物語のドラマ性やキャラクターの魅力に焦点を当て、コンプライアンスに関する批判はほぼなかったようです。一部のファンは、旧アニメの誇張された演出や改変を「独特の魅力」と見なしているようですね。
現代の視点では、旧アニメのジェンダー描写や暴力シーンが議論の対象になる可能性がありますが、時代背景を考慮し、「当時の作品」として寛容に受け止められる傾向もあります。
令和劇場版
現代の視聴者は、SNSを通じて即座に反応を共有し、コンプライアンス違反(例: ステレオタイプな描写、トラウマ誘発)があれば批判が広がるリスクがあります。劇場版はこれを回避するため、原作のテーマを尊重しつつ、現代の倫理的基準に適合するよう調整されたと推測されます。
Xの投稿では、劇場版が原作に忠実で旧アニメとは異なるアプローチが評価されており、池田理代子氏の賞賛もコンプライアンス対応の成功を示唆しています。
新旧アニメ版のコンプライアンスについての結論
旧アニメは、1970年代の緩やかな放送基準と商業優先の制作環境を反映し、暴力やジェンダー描写において現代のコンプライアンス基準に合わない部分があります。原作から脚色されたテーマやキャラ設定は、当時のエンターテインメント性を重視した結果ですが、現代では議論の対象になり得ます。
令和劇場版は、2020年代の厳格なコンプライアンス基準とグローバルな視聴者層を意識し、原作に忠実でありながら、ジェンダー、暴力、精神的影響に関する現代の倫理観に配慮した改変が施されています。池田理代子氏の賞賛やファンの好意的反応から、コンプライアンス対応が成功したと考えられます。
たまなぎが考えたこと
時代と共に、社会規範や倫理も変わっていきます。もし、50年後に再びベルばらが100周年記念で再アニメ化されることがあったら、またその時の社会規範に照らした作品が作られるでしょう。
ひょっとしたら、「無理心中など言語道断! 令和のコンプライアンスは甘かった!」と毒ワインシーンもカットもしくは改変がなされるかもしれません。(アンドレがワインに毒を入れるが、オスカルの部屋に入る前に思いとどまるなど)
こうして見てみると、人間を描く創作物というのは、時代と無関係ではいられないことが分かります。過去に名作と言われるものであっても、現在のコンプライアンスに照らし合わせると、とても受け入れられないものも多数あります。
ですから、どれほどの名作が過去にあふれていようと、現代は現代で、「この、今の時代の作品」を創作し続けていかなければならないのではないでしょうか。
どの時代においても、人間が創作を辞められない原因は、ここにこそあるような気がします。
たまなぎの創作物など、巨大な歴史の中の名作が作る歯車の前では、無にも等しいです(笑)。
それでも愛しているか? とは聞きません(笑)。
そんな中でも、生み出される作品のうねりの中に、自作を投げ込みたい衝動から自由になることはできず、たまなぎは今日も創作を続けるのです。
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