はじめに
皆さん今日は、珠下なぎです。
またまた、お久しぶりです(笑)。
7月(多分)発売のたまなぎの新作『大江山恋絵巻~人の巻~』の最終準備が大詰めのため、ちょっとブログの更新が遅れております。
7月発売の新刊についての記事はこちら↓
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新作はあの鬼の物語にヒントを得た平安ロマンファンタジー!タイトルとあらすじ、表紙を公開!
前回の記事では、この作品にちなみ、酒呑童子伝説を紹介させて頂きましたが、今度は酒呑童子と同じくらい有名な鬼、茨木童子を紹介させて頂こうと思います。
茨木童子伝説と『大江山恋絵巻~人の巻~』
LTA出版事業部の月那さんがご紹介して下さったとおり、今回の作品のテーマは、「酒呑童子」です。
前回はこの酒呑童子について、一般的な伝説をご紹介しました。
はじめに 皆さん今日は、珠下なぎです。 ブログでは、お久しぶりです(笑)。 前回、前々回では7月(多分)発売のたまなぎの新作『大江山恋絵巻~人の巻~』のご紹介をさせて頂きました。 前回、 ...
たまなぎの新刊『大江山恋絵巻~人の巻~』と酒呑童子伝説
そして、酒呑童子に次いで日本で有名な鬼といえば、やはり茨木童子でしょう。(ここで、いやいや他にもいるぞ! 温羅とか鬼女紅葉とか鬼八とか悪路王とか……と思った人はたまなぎのお仲間です。お友達になって下さい)
茨木童子も酒呑童子と同じく、複数の伝説や伝承に登場します。
前回と同じく、伝承を全くご存じない方にとっては、『大江山恋絵巻~人の巻~』のうっすらネタバレを含みますので、ネタバレなしで作品を読みたい方は、先の閲覧をお控え下さい。そして『大江山恋絵巻~人の巻~』を読んで下さった後にこちらを読んで下さるととても嬉しいです。
代表的な茨木童子伝説
茨木童子伝説も、大きく分けて三つに分かれますが、これはエピソード別で分類した方が分かりやすいです。
一番有名なのは、鬼退治・妖怪退治で有名な源頼光の四天王の一人である、渡辺綱に腕を斬られ、後日それを取り戻したというお話。これは様々な書物や謡曲の題材になり、それぞれ微妙な違いがありますので、次の段で細かくご説明したいと思います。
次は、『御伽草子』の『酒吞童子』の段。ここにも酒呑童子の配下の鬼として登場します。
最後には、各地方に残っている伝説で、茨木童子の出生のお話、酒呑童子と出会う話などです。
それではご紹介しましょう。
茨木童子伝説のあらすじ
渡辺綱との攻防
茨木童子といえばこの伝説。
この話にはいくつものバリエーションがありますが、大元になったと思われる話は、『平家物語 剣の巻』に出て来る次のようなお話です(ちなみに『平家物語』にはいくつかの異本があり、剣の巻が収録されているのは屋代本と言われているものです)。あらすじは次のとおりです。
ある日渡辺綱が夜更けに一条戻橋を通りかかると、一人で歩いている美女に出会った。美女は綱に一人では心細いので送って欲しいと頼む。綱が美女を馬に乗せると、美女は恐ろしい鬼の姿に化けた。綱が持っていた髭切という刀で鬼の腕を斬り落とすと、鬼は愛宕山の方へ逃げていった。綱がその腕を安倍晴明に見せると、物忌みをして家にこもるように指示した。物忌み中の綱のところに、綱にとって育ての親である伯母が現れ、どうしても会いたいと頼む。仕方なく綱は伯母を家に入れ、鬼の腕のことも話してしまう。すると伯母はどうしてもそれが見たいと懇願したため、綱が腕を見せると、伯母は突然鬼の姿になって腕をつかみ、破風を蹴破って逃げていく。
このお話……初めて知った時、たまなぎは既視感があったのですが、1976年発行の赤羽末吉さんの絵本『鬼のうで』で小さい頃に読んだことがあったのですね。赤羽末吉さんは、『だいくとおにろく』『スーホの白い馬』などで有名な作家さんですので、この絵本は目にされたことのある方も多いのではないでしょうか。
話をもとに戻しまして。ところが、この平家物語のお話にはそもそも茨木童子の名がないのです。『前太平記 巻第十七』にも『平家物語』と同様の話が載っているのですが、これについては安倍晴明が「宇治橋の鬼女」としています。また、能『羅生門』では、『平家物語 剣の巻』の舞台を羅城門に移して綱が鬼の腕を斬り落とす話が描かれますが、これにも茨木童子の名はありません。そもそも、羅城門には鬼が出るという伝説があり、これはそもそも茨木童子とは別の鬼だったようです。
「茨木」という名の鬼が切り落とされた腕を取りもどす話は、『前太平記 巻二十』で初めて登場し、以後、『御伽草子』などに受け継がれています。
このエピソードのタイミングも、出典によっていろいろ異なります。『前太平記』では、大江山で酒呑童子が殺された後に、逃れた茨木童子は羅城門に棲みつき、一連の事件を起こしたことになっていますが、『御伽草子』では、茨木童子が腕を斬り落とされたエピソードが酒呑童子の口から語られるので、酒呑童子が生きている間ということになります。
ややこしくなってきましたので、おおむね成立した時代順に表にまとめました。『平家物語』が一番古いお話です。
鬼の名 | 舞台 | 鬼の腕を斬る話 | 鬼が腕を取りもどす話 | 物語の時期 | |
『平家物語』 | 言及なし | 一条戻り橋 | 有り | 有り | 不明 |
謡曲『羅生門』 | 羅城門の鬼女 | 羅城門 | 有り | 無し | 酒呑童子の死後 |
『前太平記 17』 | 宇治橋の鬼女 | 一条戻り橋 | 有り | 有り | 不明 |
『前太平記20』 | 茨木 | 羅城門 | 有り | 有り | 酒呑童子の死後 |
『御伽草子』 | 茨木童子 | 七条堀川 | 有り | 有り | 酒呑童子の生前 |
歌舞伎『茨木』等 | 茨木童子 | 羅城門 | 有り | 有り | 酒吞童子の死後(?) |
こうしてみると、最初にあったのは「一条戻り橋で綱が鬼の腕を斬った」お話で、この鬼は茨木童子ではなく、酒呑童子との関わりも見られません。
謡曲『羅生門』は『平家物語』に材を取った創作だそうですが、そもそも「酒呑童子の死後に酒呑童子ゆかりの鬼が羅城門に棲みついた」という話が別にあり、この二つを結びつけたのが『羅生門』のようです。
それがやがて酒呑童子の腹心である茨木童子と結びつけられ、現在のような伝説に落ち着いた、というのが実際のところのようです。
『御伽草子』の茨木童子
先述のように、『御伽草子』では、綱が茨木童子の腕を斬り落とし茨木童子がそれを取りもどした話は酒呑童子の口から語られています。ここには酒呑童子が茨木童子を「召し使っている鬼」と言及していますので、ふたりが主従関係だったことが分かりますね。
ところが、御伽草子では、茨木童子は酒呑童子と共に討たれたことになっています。ということは、羅城門の鬼は茨木童子ではあり得ないことになります。やはりもともとは別々の鬼だったのでしょう。
ちなみに、酒呑童子と茨木童子の関係は諸説あり、親子とするものもあれば、『平家物語』での記述が「鬼女」とされていることから、茨木童子は女性で酒呑童子の恋人だった、とするものあるそうです。
現代の有名な伝奇作家・菊池秀行氏も酒呑童子伝説に題材をとったファンタジー『大江山異聞 鬼童子』の中で、茨木童子を女性として描いています。
渡辺綱と茨木童子の攻防については、鬼研究・鬼文学の大家である加門七海先生が『加門七海の鬼神伝説』の中で非常に鋭くかつユーモラスな突っ込みを交えて解説されていますので、気になる方はぜひお読み下さい。爆笑必至です。
ちなみに、たまなぎの『大江山恋絵巻~人の巻~』に出て来る茨木童子さまは、男性です。ついでに言うとツンデレです。。
各地に残る伝説
茨木童子の出生地は酒呑童子と同じく越後の国出身とする説、摂津の国とする説など色々あります。
越後の伝承では、茨木童子は酒呑童子と同じく絶世の美少年で多くの女性に言い寄られ、将来を案じた母親から神社に預けられたということになっています。実家に帰った時に自分あての血染めの恋文を見つけ、それがきっかけで鬼となったとされています。ここは酒呑童子の伝説とよく似ていますね。
さいごに
これだけ様々な伝承を持ち、様々な文学作品や演劇で取り上げられた茨木童子。
酒呑童子と同様、いやそれ以上に愛されてきた鬼だと言えるかもしれません。
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
(参考文献:加門七海『加門七海の鬼神伝説』2020、朝日新聞出版,八木透監修『日本の鬼図鑑』2021、青幻舎)