皆さんこんにちは、珠下なぎです。
「鬼はー外、福はー内!」この言葉は、たいていの方が節分の行事で、何度も唱えたことがあるのではないでしょうか?
節分は、このブログでもお話ししたように、中国から伝わった追儺がルーツであり、追儺で追われていた鬼は疫病をもたらす鬼=疫鬼でした。
けれど、時代が下るにつれ、様々な別の由来を持つ鬼のイメージが重なり、今のような形になりました。
疫鬼を追い払うだけなら、「鬼は外」だけでいいはずなのに、なぜ、「福は内」がセットになっているのでしょう?
この場合の鬼を産鉄民や縄文の神々と考えると、また別の顔が見えてきます。
産鉄民は差別され、忌み嫌われる一方で、鉄という富をもたらします。
縄文の神々は、ナマハゲの行事に見られるように、恐ろしい姿をしていますが、幸福をもたらす存在とされました。
恐れられると同時に富や幸福をもたらす存在、鬼。
そんな二面性が、「鬼は外に行って欲しいけれども、鬼がもたらす富は内に欲しい」という、身勝手な人間の願望につながったのではないか。
『鬼の日本史』で知られる歴史研究家、沢史生さんをはじめ、そう考えている研究者も数多くおられるようです。
『鬼の日本史』は上下巻、それぞれ400ページを超える大著ですが、鬼に興味を持たれた方は一読の価値のある、おすすめの本です。
最後まで読んで下さって、ありがとうございました。